ヘイ・クロックフェイス/エルヴィス・コステロ
ぼくがエルヴィス・コステロのコンサートを初めてみたのは、確か1978年の暮れ。アトラクションズを率いて初来日したときだ。2度目が1985年の夏。アコースティック・ギター片手に行なわれたソロ・コンサート。で、その次が1987年11月。ニック・ロウをオープニング・アクトに迎え、ジェイムス・バートンやジェリー・シェフを含むザ・コンフェデレイツを率いて来たとき。
特にこの、ザ・コンフェデレイツとの来日のときに、ぼくはこの人の振り幅というか、彼の中に渦巻く“動”と“静”というか、両極の表情というか、前2回の来日でもそれとなく提示された多面性みたいなものを改めて思い知って。ますますファンになったものだ。その後も彼は、ポール・マッカートニーやバート・バカラックと共作したり、ブロドスキー弦楽四重奏団とアルバムを作ったり、アラン・トゥーサンやザ・ルーツと組んでみたり…。
ロックンロール、ロカビリー、R&B、ファンク、ゴスペル、フォーク、ウェスタン・スウィング、カントリー、パンク、アバンギャルド、クラシックなど。伝統に裏打ちされた様式に帯する限りない愛情と、その様式をぶち壊して炸裂したいと願う破壊衝動と。その狭間を激しく揺れ動きながら、切ないシャウトを繰り出すエルヴィス・コステロはほんと、魅力的だなと思う。
と、そうしたコステロならではの多面性が思い切り発揮された新作の登場だ。今作は、まず2020年2月、3日にわたってフィンランドの首都ヘルシンキで、ギター、ベース、キーボード、ドラム・マシーンなど、ノイズも含めてすべての楽器を自ら演奏する形でソロ・レコーディングが行なわれて。その翌週、今度はフランスのパリへと舞台を移し、長年のコラボレーターであるスティーヴ・ニーヴを核とする腕利きミュージシャンたちとセッション。
で、さらにニューヨークへと向かい、マイケル・レオンハート、ビル・フリゼール、ネルス・クラインらとリモート・セッション。ちなみに、ミックスはロサンゼルスで行なわれたそうです。コステロは2018年、がんの悪性腫瘍の除去手術を受けていたことを明らかにしたけれど、この精力的なワールド・トラヴェラーぶりを見る限り、かなり回復したということなのだろう。よかった。
ストリーミングだとクレジットがないので、どの曲がどこで録音されたのか、ちょっとわかりにくいかもしれない。よく聞きゃわかると思うけれど、念のため、ざっとメモしておくと。「No Flag」「We Are All Cowards Now」「Hetty O'hara Confidential」の3曲がヘルシンキ録音。「Revolution #49」「They're Not Laughing At Me Now」「I Do (Zula's Song)」「Hey Clockface/How Can You Face Me?」「The Whirlwind」「The Last Confession Of Vivian Whip」「What Is It That I Need That I Don't Already Have?」「I Can't Say Her Name」「Byline」という9曲が“スティーヴ・ニーヴ&ル・クインテット・サンジェルマン”名義のバンドを従えたパリ録音。「Newspaper Pane」「Radio Is Everything」の2曲がニューヨーク録音。
ラウドでシャープ、かつダークなヘルシンキもの。ノスタルジックでふくよかなパリもの。ちょっとハイパーなニューヨークもの。もちろん、すべてがくっきり色分けされているわけではなく、それら多彩な持ち味が少しずつにじんでいる感じで。いやいや、これぞエルヴィス・コステロ。親しみやすさと、油断ならない偏屈さとが複雑に絡み合いながら共存する世界観を今回も堪能しました。