ブルー・アンブレラ/バート・バカラック&ダニエル・タシアン
今年の7月だったか8月だったか。この二人のコラボ音源がデジタル・リリースされたときは驚いた。うれしい驚き。御年92歳、ソングライターの至宝、バート・バカラックと、1990年代に活動開始したナッシュヴィル系カントリー・ポップ・シンガー/ソングライター/プロデューサーのダニエル・タシアンによる世代を超えたコラボレーション。
昨日取り上げたビッグ・シーフ/エイドリアン・レンカー同様、バカラックも今年4月に来日が予定されていたにもかかわらず、折からのコロナウイルス禍、あえなく中止に。その落胆をそっと埋めてくれる素敵な音源だった。
なんでも、バカラックはケイシー・マスグレイヴズが2018年にリリースした傑作アルバム『ゴールデン・アワー』をお気に入りだったらしく。そのプロデュースを手がけたタシアンに興味を持ったとのこと。そして、近年バカラックのコンサートにゲスト参加したりしていたシンガー・ソングライターのメロディー・フェデラーの人脈を通じてタシアンにアプローチ。
ソングライターとしても多くのアーティストに楽曲提供してきたタシアンは、そんな流れを受けて、自作の歌詞「ブルー・アンブレラ」をバカラックに送った。バカラックもすぐその歌詞にメロディをつけた。これがいきなり名曲に仕上がったことで、二人のコラボレーションが一気に具体化した、と。そういうことらしい。
こうして完成したのが、バカラックにとって新曲のみによるニュー・リリースとしては2005年の『アット・ジス・タイム』以来、15年ぶりとなる『ブルー・アンブレラ』。当初はバカラック&タシアンの書き下ろし新曲5曲によるデジタルEPという形で公開されたものの、好評を受けてさらに2曲が追加で完成。で、このほど、この全7曲を収めたフィジカルCDが日本独自にリリースされることになった。米国ソングライターのことを語らせたらこの人の右に出る者なしという朝妻一郎さんの詳細なライナーノーツも付いて。バカラックとタシアンの対談とかも載っていて。これは本当にうれしいフィジカル・リリースだ。
ダニエル・タシアンのヴォーカルは、往年のディオンヌ・ワーウィックから近年のルーマーにまで至る、一連の定評ある“バカラック歌い”たちに比べると、まあ、ちょっと頼りなさげというか、弱めというか、薄めというか。そのあたりで食い足りなさを感じる人がいるかもしれない。バカラックの紡ぐメロディにも、さすがに往年のような圧倒的な閃きを感じさせる瞬間は少なめになっているような…。
でも、やっぱり素晴らしい。頼りなさが、むしろ繊細な儚さを醸し出しているみたいだし。メロディ的な驚愕が少なめなところも、穏やかな安らぎにつながっているし。しかも、全体的にはかつてと変わらぬ愛に満ち満ちているわけで。こういうバカラック・ワールドも素敵だと思う。
パンデミックのせいでバカラック自身が参加できたレコーディングは2曲のみ。にもかかわらず、彼が参加していない曲にも存分にバカラックらしさが横溢している。素晴らしい。その辺はバカラックへの敬愛に満ちたタシアンの、現役プロデューサーとしてならではの手腕だろう。
全7曲で全長25分ちょい。あっという間に終わっちゃうのだけれど、仕事から仕事へ、電車であちこち移動しながら、もう何度も何度もリピートしております。