マット・ローリングズ・モザイク/マット・ローリングズ
つい先日、最近面白いカヴァー・アルバムが多い…みたいなことを書いたのだけれど。そのうちのひとつが本作。
マット・ローリングズ。やはり少し前に取り上げたメアリー・チェイピン・カーペンターの新作アルバムでも素晴らしいプレイを聞かせていた名キーボード・プレイヤーだ。マーク・ノップラーやライル・ラヴェットのバンドでの活躍とか、ウィリー・ネルソンのアルバムのプロデュースとか、ブルース・スプリングスティーンのアルバムへの参加とか、アリソン・クラウスとのツアーとか、そのあたりは日本でもおなじみかも。
他にもビリー・ジョエル、シェリル・クロウ、エリック・クラプトン、ジョニー・キャッシュ、ディクシー・チックス、イーディ・ブリッケル、メイヴィス・ステイプルズ、メタリカ、ピーター・ウルフ、クリント・ブラック、ラリー・カールトン、キャシー・マテア、リーバ・マッキンタイア、ベス・ニールセンチャップマン、リッチー・サンボラ、ブルース・トラヴェラーなど、レコーディングにツアーに、この人が参加したセッションはそれこそ無数かつ超ジャンルだ。Apple Musicがコンパイルしたマット・ローリングズ参加楽曲のプレイリストってのがあって。これがなかなか充実していたので興味ある方はぜひチェックしてみてください。
1990年にジョン・パティトゥッチやカルロス・ヴェガを迎えてアルバム『バルコニーズ』というのをリリースしたこともあったけれど。本作はそれに続く、30年ぶりのソロ・アルバム。前作はジャズ寄りの仕上がりだったけれど、今回はスタンダード・チューン、トラディショナル・ソング、さらにはローリングズがレコーディングに絡んだ往年の名曲などを、豪華なゲスト・ヴォーカリストたちとともにカヴァーした、ぐっとアメリカーナ寄りの1枚だ。まじ、渋くてかっこいいです。
2年ほど前、『ヒーリング・タイド』という素晴らしいアルバムでデビューした黒人デュオ、ザ・ウォー&トリーティを筆頭に、ライル・ラヴェット、アリソン・クラウス、ヴィンス・ギル、ブラインド・ボーイズ・オヴ・アラバマ、ランブリン・ジャック・エリオット、チャーリー・グリーン、ハイジ・タルボット、ウィリー・ネルソン、ルーカス・ネルソン、モリー・タトル、バディ・ミラーらが1曲ごとに素晴らしいリード・ヴォーカルやハーモニー・ヴォーカルを提供している。ローリングズ自身の歌声を聞くことができるのは、アルバムの締めくくりにひっそり添えられているライル・ラヴェットの曲「ポンティアック」の短いヴォイス・メモのみだ。
取り上げている曲としては、オープニングを飾る「ウェイド・イン・ザ・ウォーター」をはじめとするルーツィなゴスペル、スピリチュアル、フォークなどに加えて、ジャズ・スタンダードの「アクセンチュエイト・ザ・ポジティヴ」、ポール・サイモンの「テイク・ミー・トゥ・ザ・マルディグラ」、ライル・ラヴェットの「イフ・アイ・ハッド・ア・ボート」、ウォルター・ハイアットの「アイル・カム・ノッキン」、ポリスの「スピリッツ・イン・ザ・マテリアル・ワールド」など新旧が交錯。
マット・ローリングスの渋いストライド調のピアノに乗せてウィリー・ネルソン、ライル・ラヴェット、ランブリン・ジャック・エリオットらが代わる代わるリード・ヴォーカルをとる「ザット・ラッキー・オールド・サン」や、ハイジ・タルボットがアイリッシュ・フィドル奏者としておなじみのジョン・マッカスカーが演奏するティン・ホイッスルとともにフォスター作品を静謐に歌い綴った「スランバー・マイ・ダーリン」など、かなりしみる。
あと、数年前にご存じテレビのオーディション番組『ザ・ヴォイス』で優勝したアリサン・ポーターのアルバムのためにポーターとローリングズが共作した「ステイ」をアリソン・クラウスがヴィンス・ギルのさりげないコーラスとともに聞かせる「ステイ」とかも泣ける。
そして、何よりも素敵なのは、マット・ローリングズが自身のソロ・アルバムだからといってこれ見よがしな長尺アドリブ・ソロを聞かせるとか、そういうことはいっさいなく、あくまでもいつものような絶妙の“歌伴”に徹している感触。これが自分の役割で、それを誇りに思っている…みたいな。そんな手触りが素晴らしい。