Disc Review

Flaming Pie: Archive Collection / Paul McCartney (Capitol/Universal)

フレイミング・パイ:アーカイヴ・コレクション/ポール・マッカートニー

やっべーなぁ…。

ポール・マッカートニーのアーカイヴ・コレクション。ソロ独立以降のポールのオリジナル・アルバム群の中からどれかひとつにスポットを当てて、ていねいな最新リマスターをほどこし、大量のレア音源と興味深いオマケをたっぷり添え、でっかい箱に詰め込んでリリースされる豪勢なボックスセット・シリーズ。2010年の『バンド・オン・ザ・ラン』以来えんえんと続いて。われわれファンのフトコロに大打撃を与えつつ、レコード棚のスペースをも大いに圧迫し続けているわけですが。

その最新作。今回は1997年の『フレイミング・パイ』にスポットが当てられた。

ぼくは今のところ、昨日の深夜、発売日の7月31日になったとたんにApple MusicやSpotifyで公開がスタートしたストリーミング音源を聞いているだけの状態。実は今回、まだフィジカルの予約とかしていなくて。というのも、仕様がね。相変わらず悩ましく。どれ買うのが正解なのか、いまだ決めかねているのだ。

どうやら基本となるセットは、5CD+2DVDという構成の《デラックス・エディション》。CD5枚の内訳は、ディスク1がアビー・ロード・スタジオで最新リマスターがほどこされたオリジナル・アルバム。ディスク2が収録曲のホーム・レコーディング集。ディスク3がスタジオでのデモ音源、リハーサル音源、ラフ・ミックス集。ディスク4がオリジナル・アルバム未収録のシングルB面曲群や、ポールのラジオ・シリーズ『ウブ・ジュブ』の音源集。で、ディスク5が、ポールが自身のスタジオを1時間ほどツアーしながらあれこれおしゃべりしている様子を収めた“フレイミング・パイ・アット・ザ・ミル”。

ちなみに、ストリーミングだとこのうちディスク1から4までの内容を聞くことができる。ただし、フィジカルだとディスク4冒頭に収められているらしき「ザ・バラッド・オヴ・スケルトンズ」(アレン・ギンズバーグ、フィリップ・グラスらとの共同プロジェクト)はストリーミングからは外されてました。

DVD2枚にはドキュメンタリー『ザ・ワールド・トゥナイト』の映像のほか、オリジナルのミュージック・ビデオ、EPK素材、インタビュー、演奏風景、および舞台裏の映像などが詰め込まれているらしい。

そこに、リンダ・マッカートニー撮影による未発表写真、アルバム・アートワークのアーカイヴ、新規ライナー、全曲解説、ポール、リンゴ・スター、ジェフ・リン、スティーヴ・ミラーらへの最新インタビューなどを含む128ページのブックレットが付いて、ロード・マネージャーのジョン・ハメルがスタジオでつけていたメモとか、8曲の手書きの歌詞が書かれた紙が入っている封筒とか、ギター・ピックとか、ファン・クラブの会報とか、そういうオマケたちも入って。さらにハイレゾ音源をダウンロードできる権利ももらえて。通し番号も入って。

で、国内流通盤のお値段、38,000円+税。うー…。

この《デラックス・エディション》を基本に、さらに豪勢な仕様にしたのが5CD+2DVD+4LPという《コレクターズ・エディション》。全世界3000セット完全限定で、日本ではユニヴァーサル・ミュージック・ストアのみでの販売。お値段、国内正規流通盤だと、ななななななんと128,000円+税。14万円くらいっすね。もはやポップ・ミュージックの値段じゃねーな、これ。ただ、ポールの公式ショップだと600ドルって書いてあって。差がありすぎる。送料とか入れるとどうなるんだろう。検討検討…。

4LPというのは、オリジナル・アルバムの収録曲をハーフ・スピード・カッティングによる180gアナログLP2枚に収めたものと、ホワイト・レーベルに手押しのスタンプが押されたホーム・レコーディング音源集と、前出「ザ・バラッド・オヴ・スケルトンズ」の12インチ・シングル(片面はヴァイナル・エッチング・ポスター)の計4枚。もちろん《デラックス・エディション》のオマケなどは全部入っていて、さらにリンダ・マッカートニー撮影の写真の紙焼きプリント6点を収納した特別な大理石仕様の紙挟みってのが付いているらしい。これ、買ったら飾らないとね。しまっておいてもしょうがないし。でも、どこに飾るんだ…(笑)。

と、この悩ましい2種のほか、オリジナル・アルバム+ボーナス・オーディオの2CD版《スペシャル・エディション》、同様の3LP版、そしてハーフ・スピード・カッティングによるオリジナル・アルバムのみの2LP版も出た。こちらはそれぞれ3,600円+税、12,000円+税、6,500円+税。まあ、14万って値段を見たあとだと、他が全部ものすごく安く感じるわけですが(笑)。ここはやっぱり税込み4万ちょいの《デラックス・エディション》かな。ポールはお金持ちだからなぁ。シモジモの気持ちなんてわからないんだろうなぁ。

でも、仕方ない。この『フレイミング・パイ』というアルバム、ぼくは大好きなのだ。かつて黒沢健一くん、曾我泰久くん、高田みち子さんと健'z with Friendsってカヴァー・ユニットをやっていたころ、このアルバムの収録曲のひとつ「カリコ・スカイズ」をよく演奏したものです。懐かしい。

ご存じの通り、ポールのかつての愛妻、リンダさんは1998年、56歳という若さで亡くなっている。一度は克服したと伝えられていた乳がんが原因だった。彼女を失って、ポールは1年間、毎晩泣いて過ごしたとも言われている。

「ぼくは家族と一緒に過ごす時間が欲しいんだ」

ビートルズを脱退する際、ポールが残した言葉だ。その発言通り、ポールは以降リンダとの日々を濃密に歩んだ。ウイングスにも、ウイングス解散後のツアー・バンドにも必ずメンバーの一員としてリンダの姿があった。日本で大麻の不法所持によって拘留されていた短い期間を除いて、ポールとリンダは結婚以来ほぼ30年、必ず毎晩、二人一緒に眠りについたという。

2000年、ポールに電話インタビューすることができた。その際、ウイングスの曲で聞くことができるリンダのコーラスが大好きだという話を彼に投げかけたところ——

「そう。ウイングスの最大の特徴はリンダの存在だ。初期、素人同然だった彼女もバンド活動を続けていくにつれ、楽器も歌も上達。ステージ上でも存在感を増していった。そしてウイングスに欠かせないメンバーになった。だから、他のバンドにはない、ウイングスならではの魅力はリンダなんだ」

うれしそうにそう語ってくれたものだ。そして、そんなリンダががんを告知され闘病生活を続けていた時期にポールが制作したソロ・アルバムが、『フレイミング・パイ』だった。陽気でポップな持ち味がおなじみのポールではあるけれど、このアルバムにはそれだけではない、どこか寂寥感のようなものも漂う。当時、リンダの前ではきっと明るく振る舞っていたはずのポールだけれど、最愛の人を失ってしまうかもしれない怖れや寂しさ、葛藤のようなものが心のどこかに渦巻いており、それらが作品ににじみ出してしまったのだろう。

収録曲のうち、「グレイト・デイ」や「ヘヴン・オン・ア・サンデイ」ではリンダによる最後のコーラスも聞くことができる。シングルとしてヒットした「ヤング・ボーイ」や「サムデイズ」は、リンダが仕事をしているとき、それに付き添っていたポールが待ち時間を利用して作った曲だとか。いつも一緒に過ごしていた二人の最後の共演アルバム。それをレア音源などを交えつつ多角的に楽しみ直すことができるのだから。

《コレクターズ・エディション》は厳しいけど、まあ、《デラックス・エディション》、いっときますかね。「ザ・バラッド・オヴ・スケルトンズ」のエッチングとか、大理石のなんちゃらとかは不要不急ってことで、我慢我慢。

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