Disc Review

folklore / Taylor Swift (Taylor Swift)

フォークロア/テイラー・スウィフト

サプライズ・リリースされたテイラー・スウィフトの新作アルバム。先行ビデオクリップとか、SNSでの事前盛り上げとか、そういったこれまでのテイラー作品にありがちだったもろもろをいっさい排除。インスタでの発売告知後、あっという間に全世界に向けてリリースされ、これまたあっという間にミリオン・セラーを記録してしまった。

レビューの出方もハンパなく速くて。とにかくリリース後、即あちこちで絶賛の嵐。『1989』以来の付き合いとなるFun.のジャック・アントノフに加え、ザ・ナショナルのアーロン・デスナーやボン・イヴェールらが参加しているということもあり、これまでテイラーに見向きもしなかったようなメディアまで巻き込んで大いに盛り上がっている。なので、今さらここで紹介するまでもないとは思うけれど。ぼくもここ数日、お散歩の友として思いきり楽しませてもらっているので、いちおうピックアップしておきますね。

去年、前作『ラヴァー』を本ブログで取り上げた際、何を書いたかなと思って見直してみたら、下の方に張った「スーン・ユール・ゲット・ベター」のYouTube画像の静止画がなんと今回の『フォークロア』の宣伝画像に変更されていて。事前のプロモーションはいっさいなかったとはいえ、いったん出たらやっぱりものすごい勢いでプロジェクトが展開されるんだな、と感心させられました。さすがだ。

まあ、内容に関しては、もう他のサイトでこれでもかと紹介されているので、あまり繰り返しませんが。今回、全16曲11曲を共作/プロデュースしたアーロン・デスナーの手腕ゆえか、音像がぐっと思慮深く、集中力に満ちたものになっていて。多くのレビューがそのあたりをとらえ、30歳を迎えたテイラーの変化/成長と評しているのだけれど。

もちろん、ものすごく成長したなとは思う。けど、今回テイラーの根本的な持ち味が大きく変化したのかというと、そんなことはなくて。パーソナルな思いを正直に綴った歌詞を同じ音列に乗せて繰り返しながらコードだけくるくる変えていくお得意のテイラー節はやはりそのままだ。確かに歌詞面で、主にこれまでのシングル曲などに盛り込まれがちだったスキャンダラスで思わせぶりなフレーズはさほど見当たらないようで。しかも、“hell”とか“fuck”とか、これまでは使われなかった単語が顔を出したりもしていて。いい意味でたじろぐ局面も。でも,このあたりは変化というより、やはり成長だと思う。

アルバムからの最初のビデオクリップとして公開された「カーディガン」って曲で歌われる、“But I knew you / Dancin’ in your Levi’s / drunk under a streetlight”(でも、私は知ってた。街灯の下で酔っ払って、リーヴァイスを履いて踊るあなたのことを)とか、“Your heartbeat on the High Line / Once in twenty lifetimes”(ハイラインで感じたあなたの鼓動は20回の人生で一度きり)とか、そういう固有名詞をうまいこと持ち出す作風もテイラーっぽい。まあ、ぼくの限られた英語力ではこの勝手な日本語訳が正しいかどうかわかりませんが(笑)、とにかく英語そのものの響きとしてとても印象的だった。かと思うと、“You drew stars around my scars but now I’m bleedin’”(あなたは私の傷跡の周りに星を描いた。でも、私、出血してる)なんて胸に刺さるフレーズもあったりして。

切り口の明解さ、若々しい言葉遊び、楽しい押韻などはそのまま。でも、その伝え方、歌い方、語り方が少し変化して。それによって彼女の中に昔から変わらずにあった魅力——それも、もしかするといちばん素敵な、大事なものかもしれない魅力——が、デスナーたちが緻密に構築した静かな音世界の下、ぐっと強調されて表出したということなんじゃないか、と。

つまり、内省的なシンガー・ソングライターとしてのテイラーの魅力。

たとえば、前回、テイラーが現代を代表する鉄壁のポップ・クイーンであることを改めて思い知らせてくれた2018年の東京ドーム公演でもそうだったのだけれど。ド派手な演出とかハードなダンスの振り付けとかがあるため、どうしても事前にレコーディングされたヴォーカル・トラックなども交えつつ進行するしかない、どこかヴァーチャルなパフォーマンスの中、しかし、さりげなく盛り込まれたピアノの弾き語りパートとか、サブステージにひとり移動して披露されたアコースティック・ギター弾き語りパートで垣間見られた、彼女の生歌の魅力というか。リアルな輝きというか。

彼女の儚さ、優しさ、脆さ。今回は、そっちの魅力に思い切り絞り込んで制作された1枚ということだろう。前作『ラヴァー』をひっさげてのワールド・ツアーが新型コロナウイルス禍で中止になってしまったことで思いきり空いてしまった時間を利用して、ステイホームしながら、共演してみたかった気になる存在や、信頼できる音楽仲間たちとオンラインでやりとりしながら作り上げた傑作アルバム。

今年の年頭、Netflixで公開がスタートしたテイラーのドキュメンタリー『ミス・アメリカーナ』。世間からの激しいバッシングにさらされたり、タブーを破って政治的スタンスの表明に踏み切ったり、セクハラ裁判を経験したり、とてつもなくハードな日々を過ごす彼女の心情が綴られた1時間半の映像作品だったけれど。アルバム『ラヴァー』の制作現場の貴重な映像もふんだんに含まれていて。これが最高に興味深かった。

スタジオでもずっとiPhoneを片手に、ボイスメモにメロディの断片をがんがん吹き込んで、それを元にやはりiPhoneのメモ帳でばりばり歌詞を書いて、エンジニアや共演者とオンラインで共有して、どんどんアップグレードしていって…。今どきの便利ツールを自在に活用しながら自らの表現をスピーディに形にしていくさまが、まじ、かっこよかった。

そういう意味では、環境がオンラインでのヴァーチャルなやりとりにならざるを得なかった今この瞬間の音楽作りも、テイラーにしてみれば特に大きな抵抗も違和感もなかったはず。誰もが否応なく追い込まれてしまった不安と孤独感に満ちた現状、しかし、それが結果的に彼女の内省的なシンガー・ソングライター的な魅力をより効果的にとらえた“静かな傑作”を生み出した、みたいな。そういうことなのかも。

別の見方をすれば、これまで通り、今この瞬間にもっとも有機的に機能する最新のポップ・サウンドは何か、と。その辺を見抜くテイラーならではの鋭い“無意識”が、今、インディ・フォーク的な今回の音像を選び取ったのかもしれず。そういう意味でも、やっぱりこの人、今、最高に魅力的に輝くポップ・クリエイターのひとりなのだな、と。改めて思い知る1枚ではありました。

こういう形で“ソーシャル・ディスタンス”というある種悲劇的な距離感を縮めてみせてくれたテイラーに感謝。ただ、ぼくは今回まだフィジカルを手に入れていないんだよなぁ。ハイレゾ版をネットでダウンロード購入しただけ。アナログを予約注文したけど、発売は11月末だって(笑)。なので、フィジカルにのみ収録されているという「ザ・レイク」ってボーナス曲は未聴。どんな曲なのかな。今回のアルバム、またまた全曲素晴らしいので、そちらも楽しみ。

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