Disc Review

Un Canto por México, Vol.1 / Natalia Lafourcade (Sony Music)

ウン・カント・ポル・メヒコ/ナタリア・ラフォルカデ

近年のラテン音楽シーンについてまったく詳しくないもんで。ぼんやりしたことしか書けないのだけれど。ぼんやりとしかわからないなりに、近ごろとっても気に入っているのがこの人。メキシコシティ出身のシンガー・ソングライター、ナタリア・ラフォルカデ。

何を今さら…と、笑っていらっしゃる方も多いかな。きっとその筋ではとても有名なアーティストなのだと思う。デビューはもうけっこう前で。2002年だか2003年だか。まだ17歳だったころ、本国メキシコでセルフ・タイトルド・アルバムをリリースしてプロ活動を開始した。当時メキシコの若者の間で大当たりした映画の主題歌などにも起用され、その後押しを得てアルバムも大ヒット。いきなりスターの座についたのだとか。

不勉強ゆえ、ぼくはそんなメキシコでの盛り上がり、全然気づいてなくて。日本でデビュー・アルバムの国内盤が出たときも完全ノーマーク。しかも、そのアルバムの邦題がなぜだか『メキシコからこにゃにゃちわ』だったようで。まあ、既成のメキシコ音楽のルールにしばられない、奔放な感覚を持った新世代アーティストとしての存在感を強調しようという意図だったのか…。

でも、ぼくの耳にはまったく届かずじまい。来日もしてくれているみたいなのに、知らなかった。ほんと、情弱。申し訳ない。結局、ぼくが彼女の存在に気づいたのはずっとずっと後になってから。なんと、去年のことだ。デビューから15年以上遅れ(笑)。去年の7月、ロサンゼルスのハリウッド・ボウルでKCRWワールド・フェスティヴァル・シリーズの20周年記念コンサートが行なわれたとき。グスターヴォ・ドゥダメル指揮ロサンゼルス・フィルハーモニックとの共演でナタリアさんが披露したパフォーマンスがきっかけだった。

ドゥダメルのことを昔から熱心に追いかけ続けているノージがそのコンサートの模様をネットのライヴ・ストリーミングで見ていて。そこから漏れ聞こえる音を横でなんとなく耳にしながら、じわじわハマってしまった、と。そういうありがちな流れ。人気ぶりにも驚いた。その数カ月後、やはりノージが毎週チェックしているクリス・シーリー司会の音楽プログラム『ライヴ・フロム・ヒア』にもナタリアさんはゲスト出演。そのときのパフォーマンスも素敵だった。

以降、ちょこちょこ、それまでの彼女の歩みをチェックするようになった。過去のアルバム群とか、2015年のジョス・ストーンとの共演映像とか、2017年のタイニー・デスク・コンサート出演時の模様とか、いろいろ後追いで体験しながら、さらにその魅力のとりこになっていったのでありました。2015年の「パラ・ケ・スフリール」って曲とか、例のハリウッド・ボウルでも歌っていた「ヌンカ・エス・スフィシエンテ」って曲とか、最高だった。大好きになった。ギターもうまいし。

この人、“こにゃにゃちわ”とか邦題が付けられちゃうくらいで。デビュー当初は伝統音楽からはそこそこ距離を置いた、ヒップホップとかインディ・ロックとかを経由した新世代メキシカン・ポップスを聞かせていたわけだけれど。その後、活動を続けるうちにだんだん自らの足下にも積極的に目を向けるようになって。伝統再発見というか。アメリカーナと同じベクトルの、ルーツ探訪みたいな作業にも熱心に取り組み始めた様子。

先述タイニー・デスク・コンサートなどは、そうした流れを受けての意欲的なパフォーマンスだったし、ロス・マコリノスと組んで2017年と2018年にそれぞれ出した2枚のフォルクローレ再訪盤も好感度たっぷりの仕上がりだった。こうなってくると、もともとロス・パンチョス系のメキシコものオールド・ラテンが大好きなぼくとしてもとっかかりがつかめるというか。楽しくなってくる。

そんな彼女の新作もまたある種のルーツ探訪盤。2017年にメキシコ中央部で起こったプエブラ地震で大きな被害を被ったソン・ハローチョ・ドキュメンテーション・センターを再建するプロジェクトの一環として制作されたアルバムらしい。ナタリアさんは去年の11月、このドキュメンテーション・センター再建のためのベネフィット・コンサート“ウン・カント・ポル・メヒコ”、英語で言えば“A Song for Mexico”を多数のゲストを迎えながらロサンゼルスで行なった。そのコンサートのタイトルをそのまま流用して制作されたのが本作だ。個人的には好きになってから初のニュー・リリース。盛り上がる。

ドキュメンテーション・センターの創設者でもあるソン・ハローチョ・グループ、ロス・コホリーテスをはじめ、カルロス・リヴェラ、レオネル・ガルシア、ホルヘ・ドレクスレル、エマニュエル・デル・レアル、パンテオン・ロココらが曲ごとにゲスト参加。「ククルクク・パロマ」みたいな曲をソロで弾き語ったり、新曲を披露したり、件の「パラ・ケ・スフリール」とか「ヌンカ・エス・スフィシエンテ」とか過去のレパートリーをゲストたちと新鮮に再演したり、いきいき聞かせてくれている。

新型コロナ禍の影響で、このアルバムもまたフィジカル・リリースが延期されていて。今のところストリーミングのみで公開中。お部屋にこもってフィジカルが出るまでこれで楽しんでね、というナタリアさんからのプレゼントか。楽しみます。思いきり。

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