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Disc Review

The Complete Keen Years: 1957-1960 / Sam Cooke (UMC)

ザ・コンプリート・キーン・イヤーズ 1957〜1960/サム・クック

あらら、こんなの出ていたのか。すっかり見逃していました。今年の1月にリリースされたサム・クックのキーン・レコード在籍時、1957〜1960年のコンプリート音源集。これは素晴らしい。宝もの。出遅れていた。やばかった。しかも、限定だとか。あわててゲット!

ゴスペルの世界からポップ・シーンに転身したスーパースターというのは数多くいるわけだけれど。その最初の象徴的な存在。それがこの人、サム・クックだ。今さら改めて振り返るまでもないかな。1931年、ミシシッピ州クラースデイル生まれ、イリノイ州シカゴ育ち。牧師の息子だったこともあり、6歳のころから兄弟、姉妹で結成したシンギング・チルドレンというゴスペル・グループで歌っていた。

1950年、名門ゴスペル・コーラス・グループ、ソウル・スターラーズのリード・ヴォーカルに。以降6年間、ともにツアーをしたりレコーディングをしたり。1951年以降、スペシャルティ・レコードを通して世に出たクックのリード・ヴォーカル作品群は次々とヒットを記録。クリアな歌声だけでなく端正な顔立ちもまた、特に女性ファンの間で爆発的な人気を博した。なんとなくゴスペルの世界にはよこしまな要素が入り込んじゃいけないイメージがあるけれど、もともとゴスペルというのはその奥底にセクシュアリティを強くはらんだ音楽/文化なのだそうで。クックはそのあたりをうまいこと都会的な洗練と融合させつつ、ゴスペル界の新たなトップ・スターの座についたわけだ。

その後、プロデューサー/ソングライターのバンプス・ブラックウェルのすすめでクックはポップ・ソングも歌うようになった。デイル・クック名義でスペシャルティからリリースした「ラヴァブル」(1956年)がその最初の試み。名前を変えたのは“敬虔な”ゴスペル・シンガーが“邪悪な”ポップ・ヒットを歌うことへの世間からの反発を恐れてだったという。先述したようにゴスペルはもともとセクシュアルな要素も強くはらむ文化ではあるのだけれど、建前としてはそうもいかない、と。まだまだそういう時代だった。

クックがポピュラー・ソングを歌うことに関しては、所属するスペシャルティ・レコードのトップ、アート・ループも同意見。推進派だった。とはいえ、ループは同レーベル所属のリトル・リチャードのようなロックンロール的な楽曲をクックに歌わせたいと目論んでおり、ブラックウェルとクックが向かおうとしていたスムースでスウィートなR&B路線、あるいはいわゆるグレイト・アメリカン・ソングブック、つまりポピュラー・スタンダード・ナンバーをカヴァーしたりするマイルドな路線には不満を抱いていた。そのため、ブラックウェルとクックはスペシャルティを離れ、自分たちの信じる音を模索することに。

1957年、彼らはキーン・レコードと契約。そこでリリースしたのが「ユー・センド・ミー」というシングルだった。もともとは1956年暮れ、デイル・クック名義の「ラヴァブル」などと同じセッションで録音されたこともあったクックの自作曲だが、前述の通り、アート・ループの強烈な反対を受けてお蔵入り。翌年、スペシャルティを離れてから改めてレコーディングされた。

この曲のレコーディング中、ブラックウェルはループがけっして受け容れようとしなかった方向性をきわめ、白人の女性コーラスすらバックに添えながら、よりスウィートかつスムースな音世界を完成させた。もともとはおなじみのガーシュウィン・ナンバー「サマータイム」のシングルB面曲として用意されたものだったが、これがラジオDJたちの興味を惹き、AB面逆転する形で全米R&Bチャートのみならず総合チャートでも見事ナンバーワンに。

悪魔の音楽に身を売った男…と、やはりゴスペルの世界からは当初かなり手酷い攻撃を受けたりもしたようだが、その後も「フォー・センチメンタル・リーズンズ」(1957年、17位)、「ロンリー・アイランド」(1958年、26位)、「ウィン・ユア・ラヴ・フォー・ミー」(1958年、22位)、「ラヴ・ユー・モスト・オヴ・オール」(1958年、26位)、「エヴリバディ・ライクス・トゥ・チャチャチャ」(1959年、31位)、「オンリー・シックスティーン」(1959年、28位)などポップ・ヒットを連発。

1960年代には大手のRCAレコードに移籍。1964年にロサンゼルスのモーテルで射殺され、いまだに謎の残る悲劇の最期をとげるまでに40曲近い全米ヒットを放っていくことになるわけだけれど。そんな彼にとって、もっとも勢いに満ちた、右肩上がりの若々しさを思い知らせてくれるのが、この箱に記録されたキーン・レコード在籍期だ。

キーンでクックはオリジナル・アルバムを3枚リリースしている。1957年の『Sam Cooke』(『Songs By Sam Cooke』と呼ばれることもある)と、1958年の『Encore』、そして1959年のビリー・ホリデイへのトリビュート・アルバム『Tribute to the Lady』。今回の5枚組ボックスセットは、ディスク1から3までにそれぞれこれらのオリジナル・アルバムをオリジナル曲順で収録している。『Tribute to the Lady』だけはモノ/ステレオ両ヴァージョンが併録された。これらのアルバムは、ヒットした「ユー・センド・ミー」以外、基本的にはジョージ・ガーシュウィン、ジェローム・カーン、オスカー・ハマースタイン、ハロルド・アーレン、ジョニー・マーサーといった20世紀米国を代表する名ソングライターたちの名曲群を歌ったスタンダード集だった。

で、残りの2枚のディスクがシングル音源集。クックはRCAへ移籍する直前、1959年に『Hit Kit』、1960年に『The Wonderful World of Sam Cooke』と、アルバム未収録のシングル・ヒットを満載したベスト盤を2枚、キーン・レコードに残しているのだけれど。ディスク4と5は、この2枚のベストの収録曲をそれぞれ収めたうえ、2枚で合計15曲のボーナス・トラックを追加。1960年のゴスペル集『I Thank God』からの曲も含めて、当時のサム・クックのいいところを総まくりしている。

このボックス、オリジナル・リリース時の選曲を基調にしているうえ、モノ/ステレオ両ヴァージョンを併録した曲も少なくないので、楽曲単位で考えるとダブりもけっこうある。けど、ダブっていようがいまいが、とにかく宝。サム・クックのキーン音源のオリジナル・マスターはキーン閉鎖後、行方不明になってしまっていたというのが定説で。なかなかきちんと再発されずじまい。が、なにやらそのマスターが近年発見されたらしく、今回のリマスター発売がめでたく実現に至ったのだとか。

RCAからのオリジナル・アルバムを集めた[8枚組ボックス]というのも同時期に出ていて。ありがたいことに両方合わせても1万円弱、みたいな感じだから。おうちで過ごす時間が否応なく増えている今、その時間を有効活用するには絶好かも。サム・クックに関しては音源を管理しているところがいろいろややこしいところなもんで、かなり長いこと、いい形で全貌を追体験〜再評価することがなかなかできずじまいだったものの。近年、ずいぶんと状況は好転してきた感じ。本当によかった。

神に対する熱い思いを託した敬虔なゴスペル・フィーリングと、安酒と女に彩られたブルースと。この相対するふたつの感情が渾然と、スウィートに渦巻く、スリリングかつソウルフルなサム・クックの世界。ワン・アンド・オンリーです。

-Disc Review

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