コケット/ヘイリー・タック
2018年の4月だったか5月だったかに出たこの人の初フル・アルバム『ジャンク』。毎朝のウォーキングのとき、繰り返し繰り返し、本当によく聞いたっけ。けっして明るいとか爽やかとか、そういうわけではないのだけれど、キュートな歌声で、淡々と、ひたすらナチュラルに、ヴィンテージでジャジーなアプローチを聞かせてくれていて。なんだか気持ち良かった。気持ち良すぎて、思わずずいぶんと遠くまで歩いちゃったりしたものです。
1920年代フラッパーの代表、ルイーズ・ブルックスあたりを想起させるボブ・カット姿。アメリカ生まれながら1920半ば以降、“クリオールの女神”とか“ブラック・ヴィーナス”とか呼ばれてフランスで大いに人気を博した黒人女性シンガー、ジョセフィーン・ベイカーを思わせる佇まい。それらをミックスして、ブロッサム・ディアリーというか、ローズ・マーフィーというか、ステイシー・ケントというか、キャット・エドモンソンというか…ああいう可憐な歌声に乗せて今の時代に再構築してみせるのがヘイリー・タックのスタイルなのだけれど。
時流に惑わされることなく多彩な音楽性を受け容れ育むマジカルなミュージック・シティ、テキサス州オースティン生まれという出自に、なるほどと納得。18歳のころ、ジャズ・シンガーになることを夢見て渡仏し、パリで勉学のかたわら歌手活動を開始した。イタリアなどでもライヴをしていたらしい。2014年には初EPもリリース。ジェイミー・カラムのサポートなどもつとめていたという。
やがて帰国。もう一歩先に歩みを進めたいと思い、好きなマデリン・ペルーやメロディ・ガルドーのCDのジャケット裏に名前を見つけたラリー・クラインに、特に何のコネもないまま、怖いもの知らずで連絡をとってみた。すごい行動力。名匠クラインも、これまた驚いたことに彼女の情熱を受け止め、彼のプロデュースの下、デビュー・アルバムが完成した。それが『ジャンク』。ディーン・パークスら腕利きのサポートを受けながら、オリジナル曲とともに、レナード・コーエンやキンクス、コリン・ブランストーン、ジョニ・ミッチェル、ポール・マッカートニーなどの楽曲をひょうひょうと、柔軟にカヴァーしてみせた1枚だった。で、そいつにぼくは思いきりハマった、と。
そんなヘイリーの新作です。今作はセルフ・プロデュース。6曲入りのミニ・アルバムというか、EPというか。今回も良いです。レトロなジャズ風味とドリーミーなフォーク・ポップの感触とを気ままに行き来しながら、彼女ならではの静かで穏やかなストーリーテラーぶりをさりげなく発揮している。
選曲もいい。ルーファス・ウェインライトの「ア・ビット・オヴ・ユー」(1998年)で始まり、アレッシーの「シーバード」(1976年)、エンゾ・エンゾの「ジュスト・ケルカン・ド・ビアン」(1994年)、ピーター・サーステットの「ホエア・ドゥ・ユー・ゴー・トゥ・マイ・ラヴリー」(1969年)、ヘイリーのオリジナル「エヴリ・アザー・ナイト」、そしてラスト、1950年代にニューヨークで活動していたもののほとんど日の目を見ることなく、やがて失踪してしまった謎多き女性シンガー・ソングライター、コニー・コンヴァースの「トーキン・ライク・ユー」。
EPゆえ当然“尺”的には短いのだけれど、時間軸も地域も自在に行き来しつつのイマジネイティヴな音楽の旅、みたいな感じで。素敵。特にフランス語で歌われる「ジュスト・ケルカン・ド・ビアン」とか。ふわふわしててたまらんです。これ聞きながら、またのびのび、心安らかに、遠くまで楽しくウォーキングできる日が1日も早く戻って来てくれることを心から願いつつ…。