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Disc Review

Fetch the Bolt Cutters / Fiona Apple (Epic)

フェッチ・ザ・ボルト・カッターズ/フィオナ・アップル

もう、ピッチフォークが当たり前のように10点満点つけたりしているわけで。今さらぼくごときが個人ブログで紹介するまでもない超話題のアルバムですが。いちおう取り上げておきますね。フィオナ・アップル。

前のも7年ぶり。今回も8年ぶり。もう特に驚きはしないけれど。またもや久々の1枚だ。1996年、17歳のときに『タイダル』で衝撃のデビューを飾ってから24年。にもかかわらず、これがまだ5作目。いやー、マイペースすぎる。

前作『アイドラー・ホイール(The Idler Wheel Is Wiser Than the Driver of the Screw and Whipping Cords Will Serve You More Than Ropes Will Ever Do)』以降の動きということになると、ドラッグ絡みで捕まっちゃったり、サントラ盤に未発表曲を提供したり、ショーンとサラのワトキンス兄妹によるワトキンス・ファミリー・アワーのアルバムやライヴに参加したり、アンドリュー・バードとコラボしたり、ウィメンズ・マーチのために反トランプ・メッセージを託した短い新曲を提供したり、ガール・スクール・フェスでその道の先達レズリー・ゴアのカヴァーを披露したり、キング・プリンセスらとコラボしたり…。

いちばん新しい記憶としては、去年、映画『エコー・イン・ザ・キャニオン』のサントラ・アルバムでジェイコブ・ディランとともにビーチ・ボーイズやバーズのカヴァーをやっていたことか。なんとも散発的な感じではあったものの、年に少なくとも一度はそれなりに話題になる、みたいな。でも、そんな中、新作のレコーディングはちゃんと2015年の2月ごろから続けていたらしい。

ヴェニス・ビーチの自宅スタジオにミュージシャン仲間を集めて曲作りを開始。使い古しのオイル缶から、難病を患いこの世を去った愛犬ジャネットの遺骨まで、音が出るものならば何から何までパーカッションとして叩きまくったり、スタジオの外を練り歩きながらシュプレヒコールしてみたり、なんともエキセントリックかつコンセプチュアルな試行錯誤を続けていたのだとか。

7月になってテキサスのソニック・ランチ・スタジオ入り。3週間ほどレコーディング作業を続けたものの、あまり成果は上がらず。結局、ヴェニス・ビーチに戻って制作が続けられた。で、去年の夏ごろには最終的なミックス作業へ。が、なかなか思うような音像が仕上がらずにずるずる。いったんは完成をあきらめようかとまで思い詰めたらしい。そんな状態で今年の1月くらいまであれこれ模索が続いて、ようやく完成に至った、と。

エイミー・ウッド、セバスチャン・スタインバーグ、デヴィッド・ガーザがバックアップ。フィオナの実姉でもあるシンガー、モード・マガートや、モデル/女優/シンガーのカーラ・デルヴィーニュらもコーラスでゲスト参加している。

歌詞の世界は、ぼくのような雑な人間にはむずかしすぎて、ちゃんと把握できていないけれど。生きていくことそのものがはらむ葛藤なり、女性として社会に関わる中で相変わらず直面せざるを得ない歪みのようなものへの憤りなり、そうした様々な不自由さから解き放たれるまでは絶対にあきらめない、黙り込んだりしない、という決意なり、いろいろな情念のようなものがぶわっと渦巻いていて。またまた圧倒的だ。そして、何よりも、すべての音が“生”。生々しい。ナチュラルな生命感と躍動感に満ち満ちている。

リズムというかビートというかグルーヴというか、そういったものへのアプローチがこれまで以上に意味を持って機能している感じ。生な歌声と生なリズム、躍動。その実にイマジネイティヴかつ刺激的な共存だ。触れたら壊れそうな、というか触れることすら許されなさそうな、きわめて繊細な内省と、不屈の、屈強な意志/確信みたいなものとが背中合わせに在る。従来の意味合いで“癒やされる”という感触とはまるで違うかもしれないけれど、これはこれで彼女ならではの“救済”なのかも。フィオナ流のブルースであり、ゴスペルでもある、と。

別ベクトルから“生きる”ということの深遠さを改めて考えさせられる1枚です。

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