Disc Review

The Hot Rats Sessions (6CD) / Frank Zappa (Zappa Records/UMe)

ザ・ホット・ラッツ・セッションズ/フランク・ザッパ

奇才、異才、革新的、破壊的…。

フランク・ザッパを語るときに使われる一般的なキーワードといえば、そうしたものだろうか。確かに。間違いなく彼は革新的で、斬新で。デビューと同時にとんでもない衝撃を音楽シーンにもたらした奇才だった。けれども、破壊的ではなかったと思う。ロックからクラシックまで、彼がぶちこわしたと言われることも多い既存の様々な音楽に関して、しかし彼は存分に知り抜き、愛していた。

愛ゆえの狼藉。既成の価値観に対してひたすらヒステリックに、やみくもにアンチをとなえるだけの“反逆者もどき”とはワケが違う。筋が違う。覚悟が違う。彼が52歳という若さで亡くなるまでの精力的な活動を、もし破壊的だったと言うのであれば、それはロックンロールも、ジャズも、ブルースも、R&Bも、フォークも、クラシックも、とことん愛し、知り抜いた男ならではの驚異のぶちこわし作業だった。

とか、わかったようなこと書いてますが(笑)。正直言って、ザッパの音楽を心底面白いと思えるようになったのは、ずいぶんと大人になってからだった。子供のころは、とにかくよくわからなかった。最初に手に入れたアルバムが1970年発表の『いたち野郎(Weasels Ripped My Flesh)』で。ぼくはまだ中学生だった。音楽雑誌とかでクロートっぽい人からやけにほめられているから…というのが購入理由。昭和の中学生洋楽ファンなんて、そんなもんだ。

といっても、たとえばブラッド・スウェット&ティアーズのセカンド・アルバムを買ってきて、よくわからないくせに“おー、ジャズだぜ”と知ったかぶりをしたり、クリームのライヴ盤の長い長いギターとベースのインタープレイを聞いて、ちょっと飽きながら“これがアドリブってやつかぁ”と思ったりしてたのとは、もう全然違う。

根本的に何が何だかわからなかった。マザーズなんか聞いてる俺ってオトナかも…みたいな。そんな思いはあったものの、まじ、面白いのか面白くないのかすら当時のぼくにはまったくわからなかった。

が、子供は強い。ヒマだから。買ったアルバムは元をとるまで何度も何度も繰り返して聞く。そうこうしているうちに2〜3年が過ぎて。だんだんジャズやクラシックも聞くようになり。ある日、毎日練習してもダメだった自転車に急に乗れるようになったときみたいに、あるいはFのコードが突然押さえられるようになったみたいに。ザッパに対してどんな耳でアプローチすればいいのか、それが急に、ほんの少しだけだったかもしれないけれど、つかめた。

いや、本当にはつかめてなかったのかもしれないと今にしてみれば思うものの。少なくともそう思えた瞬間がやってきた。それからだ。以前の作品にさかのぼってザッパの音楽を聞くようになったのは。だから、たとえば今日ピックアップしたCD6枚組ボックスセットの下敷きになっている1969年発表のソロ名義作品『ホット・ラッツ』を手に入れたのも、オリジナル盤の発売から4〜5年はあとのことになる。

ずいぶん出遅れての出会いではあったけれど、このアルバムにもぶっとんだ。冒頭の「ピーチズ・エン・レガリア」のスタジオ技術を駆使しながらの構造美に圧倒された。「ウィリー・ザ・ピンプ」のイントロで聞こえてくるドン“シュガーケイン”ハリスのアーシーなフィドルによる異化効果や、ザッパがえんえんと繰り出し続ける汲めど尽きぬアイディア満載のギター・ソロにノックアウトされた。キャプテン・ビーフハートのブルージーなヴォーカルにもたじろいだ。『アンクル・ミート』の収録曲と対を成す「サン・オブ・ミスター・グリーン・ジーンズ」のアレンジに胸が躍った。アナログLPのA面を聞くだけで、くらくらした。

もちろんB面も素晴らしかった。「リトル・アンブレラズ」では、アルバム全編にわたって大活躍しているイアン・アンダーウッドのフリーキーでジャジーなサックスやキーボードが巧みに多重録音され実に美しく絡み合っていた。マックス・ベネットのクールなベース・ラインがかっこいい長尺曲「ザ・ガンボ・ヴァリエーションズ」でのアンダーウッドのサックス・ソロもザッパのギター・ソロも凄まじかった。ラストの「イット・マスト・ビー・ア・キャメル」に超ジャンルっぽい浮遊感をもたらしているジャン・リュック・ポンティのヴァイオリンの響きもスリリングだった。

“フュージョン”とか“クロスオーヴァー”とかいう呼び名もまだない時期の作品だっただけに、ジャズ・ロック・アルバムだとか、プログレだとか、そんなふうに説明されることが多かった覚えがあるけれど。今聞くと、むしろロック的な視点から、当時最先鋭だった16トラック・マルチ・レコーダーを使って精緻に編み上げられたクラシカルな交響曲というか協奏曲というか…。そんな感触も。

と、そんな名盤の成り立ちを詳細に、マニアックに、解析したCD6枚組が『ザ・ホット・ラッツ・セッションズ』だ。これも50周年記念。1969年7月に行なわれた『ホット・ラッツ』のレコーディング・セッションからの音源全67トラックを収録。オリジナル・アルバムに収められていた6曲は1987年にザッパがデジタル・リミックスしたヴァージョンでディスク5の冒頭に入っていて。

あとの61トラックはすべて未発表音源だ。オリジナル・マルチ・トラック・マスターに記録されていた各曲の初期ヴァージョンやら、別セッションやら、アレンジ途上のテイクやら、ダビング前のベーシック・トラックやら、オーヴァーダブ・テイクやら、編集前のインターカット・テイクやら、ジャムの様子やら、シングル用のモノ・ヴァージョンやら、別ミックスやら、LPのプロモ用CMやら…。とにかくこのアルバム絡みのあらゆる音源がどっちゃり詰め込まれている。スタジオでのザッパのアレンジの指示とか、随所に入っていて、実に興味深い。

ストリーミングもあるけれど、フィジカル・リリースのほうには、コラボレーターであるイアン・アンダーウッドや、ジャケ写を撮影したアンディ・ネイザンソンらによるエッセイや、新ライナー、当時の貴重な写真などが掲載された28ページのブックレットが付いている。さらなる特典として“ザッパ・ランド”なるボードゲームも(笑)。

フランク・ザッパという人は、亡くなるまで本当に精力的に自らの音源をいじくり回し続けた。その執念は感服ものだった。ファンとしては同じタイトルのアルバムを何枚も何枚も買い直さなければならないので、けっこうつらかったけれど。いやいや、買い直して聞いてみたときの新鮮な再発見の喜びは、やはり何物にも代えがたかった。ライヴ、スタジオを問わず、様々な時代の様々な音源をこれでもかとばかりいじり回しつつ、他人に決定的な“評価”など下させてたまるもんかと言わんばかりの勢いで生涯を駆け続けたザッパ。その執念、死後もなお…ってことかな。作品それ自体が今なお現在進行形であろうとしている、というか。

ちなみに、この6枚組CDと、オリジナル・アルバムをピンクのヴァイナルに刻んだLPと、スタジオ・セッションの模様を記録した写真家、ビル・ガビンズによる未公開写真による『ザ・ホット・ラッツ・ブック』(別売りあり)と、Tシャツとを組にした限定バンドルもある。200ドルするけど。んー、どうしよう…。

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