Disc Review

I Shouldn’t Be Telling You This / Jeff Goldblum & the Mildred Snitzer Orchestra (Decca)

アイ・シュドゥント・ビー・テリング・ユー・ジス/ジェフ・ゴールドブラム

2001年に出たコンピレーション・アルバム『ハリウッド・ゴーズ・ワイルド!』。日本でもけっこう話題になった1枚なので覚えていらっしゃる方も多いだろう。ロサンゼルスの動物救済保護団体“ワイルドライフ・ウェイ・ステーション”の呼びかけに応えて集まった11人の映画スターによるチャリティ・アルバム。ブルース・ウィリスとかブラッド・ピットとかキアヌ・リーヴスとかミラ・ジョヴォヴィッチとかジョニー・デップとかが参加して歌ったり演奏したり。そのコンピのオープニングを飾っていたのがこの人、ジェフ・ゴールドブラムだった。

ご存じ、映画『ザ・フライ』『ジュラシック・パーク』『インデペンデンス・デイ』などへの出演でおなじみの男優さん。この人が、2001年の段階ですでに20年以上、活動をともにしてきた“ザ・ミルドレッド・スニッツァー・オーケストラ”なるバンドとともに、ジャジーで、クールで、ファンキーなピアノ演奏を軽やかに聞かせていたのだった。なかなか本格的な腕前にけっこう驚かされたものだ。

なんでもジェフさん、もともと父親がエロール・ガーナーの大ファンで、幼いころからジャズを浴びるように聞きながら育ったのだとか。やがて自らもピアノをたしなむようになり、15歳のころ、すでに地元のホテルのラウンジなどで演奏するようになった。以降、俳優業と並行して、ミルドレッド・スニッツァー・オーケストラを率いてのライヴも活発に続けてきた。今ではロサンゼルスの“ロックウェル・テーブル・アンド・ステージ”でジャズとコメディを取り混ぜたバラエティ・ショーを毎週催し、これが常に満員御礼の大盛況なんだとか。

で、去年だったか一昨年だったか、英BBCの『グラハム・ノートン・ショー』に出演した際、グレゴリー・ポーターと共演してピアノの腕前を披露した。その様子を見たデッカ・レコードのエグゼクティブが、これはイケると本格レコード・デビューを進言。そうやって生まれたのが、去年暮れにリリースされたミュージシャンとしての初フル・アルバム『ザ・キャピトル・スタジオズ・セッションズ』だ。名門キャピトル・スタジオに観客を入れ、名匠ラリー・クラインのプロデュースの下で一発録りされたライヴ盤。イメルダ・メイや、女優のサラ・シルヴァーマン、トラッペッターのティル・ブレナーなど芸達者なゲストの助けも借りつつ、ポップでキャッチーなモダン・ジャズ黄金時代の名曲をいきいきと聞かせた1枚だった。

あれからほぼ1年。またまた出ました。待望のセカンド・アルバム『アイ・シュドゥント・ビー・テリング・ユー・ジス』。今回ももちろんミルドレッド・スニッツァー・オーケストラとの共演作だ。前作もハービー・ハンコックからチャーリー・ミンガス、ニーナ・シモン、ナット・キング・コール、フランク・シナトラまで、選曲が最高だったのだけれど、今回もごきげん。個人的にはブルーノート在籍期のハービー・ハンコックの楽曲の中でいっちばん好きなゴスペル・ファンキー・チューン「ドリフティン」を取り上げてくれているだけでも、もう大満足。他にもジミー・スミスの「ザ・キャット」とか、ジョー・ヘンダーソンの「ザ・キッカー」とか…。

このあたりは演奏ものなのだけれど、今回は歌もののほうがすごい。なんとシャロン・ヴァン・エッテンのヴォーカルをフィーチャーして、フレッド・アステア&ジンジャー・ロジャース映画でおなじみ、アーヴィング・バーリンの名曲「レッツ・フェイス・ザ・ミュージック・アンド・ダンス」を取り上げたり。フィオナ・アップルのヴォーカルでフランク・シナトラのヒットとしても知られるルーブ・ブルーム作品「ドント・ウォリー・バウト・ミー」を、ジーナ・サプートのヴォーカルでビング・クロスビーやパイド・パイパーズの持ち歌としておなじみ「イフ・アイ・ニュー・ゼン」を、あるいは遅咲きデビューのきっかけを作ってくれたグレゴリー・ポーターのヴォーカルでミュージカル曲「メイク・サムワン・ハッピー」をカヴァーしたり。

さらに合体ものというかメドレーものみたいなやつが何曲かあって。リー・モーガンの当たり曲「ザ・サイドワインダー」とソニー&シェールのヒット曲「ザ・ビート・ゴーズ・オン」を合体させて、それをイナラ・ジョージに歌わせていたり。ウェス・モンゴメリーの「フォー・オン・シックス」とマリアンヌ・フェイスフルの「ブロークン・イングリッシュ」を合体させてアンナ・カルヴィに歌わせたり。MJQの「ジャンゴ」とルディ・ヴァレーの「ザ・スリル・イズ・ゴーン」(B.B.キングのやつじゃないほう)を合体させてマイリー・サイラスに歌わせたり。

この合体もの/メドレーものがやったら楽しい。ジャズって音楽がある時期まではキャッチーでファンキーなポップ・ミュージックとしての役割を音楽シーンで果たしていたという事実を思い出させてくれる。そう。ジャズってごきげんにかっこいいポップ・ミュージックだったのだ。そして、ぼくはそういうジャズが今も大好きだ。覚えてくださっている方はほとんどいないと思いますが、1980年代、ぼくに初めてレギュラー執筆者として記事を書かせてくれた音楽雑誌は今は亡き『ジャズライフ』だったのでした。ああ、懐かしい…。

ちなみに、今回はゴールドブラム自身も1曲、歌声を聞かせている。絶品もののピアノの腕前だけでなく、こっちのほうもなかなかだ。ラストを飾る「リトル・マン、ユーヴ・ハッド・ア・ビジー・デイ」。技巧的にうまいわけではないけれど、さすがのストーリーテラーぶりというか。ベテラン俳優ならではの芝居心と音楽家としてのセンスに満ちた歌心が最高に心地よい。

レコーディングはハリウッドのヘンソン・レコーディング・スタジオで。ジャケットとビデオクリップの撮影はフランク・シナトラ宅のプールで。仕込みもどんどん本格的になってきた。あなどれません。

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