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RIP Gerry McGee

追悼:ジェリー・マギー

ジェリー・マギーが逝った。10月12日、ソロ公演のために訪れていた日本の地で。享年81。

素晴らしいギタリストだったな、と思う。1937年11月17日、ルイジアナ州ユーニース生まれ。父親はケイジャン・ミュージックの大御所、デニス・マギー。14歳のころギターを弾きはじめ、20歳になるころにはすでに南部のクラブやレコーディング・スタジオで演奏していたという。ブルースからの影響を強く受けていたせいか、彼は通常のフラット・ピックではなく、親指にはめるサム・ピックを使ってギターをプレイしていた。親指をメインに、人差し指、中指のコンビネーションで聞かせる、アタッキーでファンキーなプレイは様々な分野で高く評価され、60年代以降、売れっ子ギタリストとして数多くのセッションに参加していった。

ざっと思い出しただけでも、ジェリー・マギーが60年代から70年代にかけてバックアップしたアーティストというと、ボビー・ダーリン、モンキーズ、トミー・ボイス&ボビー・ハート、サンディ・ネルソン、ジェリー・リー・ルイス、ブッカー・T・ジョーンズ、マーク・ベノ、デラニー&ボニー、ジミー・バフェット、Tボーン・バーネット、ジーン・クラーク、リタ・クーリッジ、エヴァリー・ブラザーズ、クリス・クリストオファソン、ジョン・メイオール、ビリー・スワンなど。すぐさま思い浮かぶものだけでもきりがない。近年は“Gerry McGee”と表記されている彼だが、当時は“Jerry McGee”とクレジットされることが多かった。

1968年からはご存じベンチャーズのリード・ギタリストもつとめるようになった。確か1970年のことだったと思うけれど、ベンチャーズの一員として来日してくれた際、彼のプレイを目の当たりにして、当時ギターを始めたてだったぼくも下手くそながらサムピックを使ってみたりするようになった。初めて見たものを…という例えで言えば、もうジェリー・マギーは親みたいなものだった。大げさではなく、ベンチャーズにおける彼の前任リード・ギタリスト、ノーキー・エドワーズともども、ジェリーは日本のポップ音楽シーンにとって親みたいなものだったと思う。

1970年代カントリー・ロックとか南部R&Bとかが好きなぼくのような人間にとって、たとえばレジー・ヤングとか、ジェリー・リードとか、ジェイムス・バートンとか、気になるギタリストたちがいて。ジェリー・マギーもそんなひとり。普通だったら、こういう人たちはしっかり米国に根ざしつつ日々活動をしているため、なかなか日本で彼らのプレイを満喫することなんかできない。しかし、ジェリーは違った。ほぼ毎年、ホンモノのプレイを見せてくれていた。日本人にはなかなかその本質をとらえにくいスワンプ感覚とか、実際にプレイしているところを見なきゃわからないチキン・ピッキングのテクニックとかを、いつも生のステージで、目の当たりにさせてくれていたのだ。いくら感謝してもしきれない。

以前、うちの奥さん、能地祐子がベンチャーズにインタビューしに行った際、ぼくがジェリーの大ファンだということをご本人に伝えてくれた。ジェリーが参加したベンチャーズの愛聴盤『スワンプ・ロック』と『10周年記念アルバム』のLPを持って行ってもらってサインをいただいた。名前も書いてくれた。でも、“To Kentar & Yuko”と綴られていた。「rが多かったんですよ」と、その顛末を大滝詠一師匠に伝えたところ、「“Kent”とか“Kenter”とかに間違われるのではなく“Kentar”と書かれたということは、それは“Beggar”とか“Burglar”とか“Liar”の“-ar”だな」と大笑いされたものだ。

2011年、日本が誇るミスター・テレキャスター、徳武弘文さんの還暦を祝うコンサート・ツアーのために、ジェリーとマーク・ベノが来日。ジョイントでライヴを披露してくれたことがあった。素晴らしいコンサートだった。最終日の渋谷Mt.Rainier Hallでの公演前、徳武さんの計らいで控え室におじゃまして、ぼくもジェリーと直接いろいろと話をすることができた。感激した。サムピックのこと、細いゲージの弦を使うこと、ベンチャーズ以外のレコーディング・セッションのことなど、興味深いエピソードをあれこれ教えていただいた。

実はそのとき、これまた大滝さん絡みなのだけれど、質問を託されていて。当時、大滝さんはボビー・ダーリンの「イフ・ア・マン・アンサーズ」のギターが誰なのか、あれこれ推理していらっしゃって。ひとつ前のシングル曲「ユー・マスト・ハヴ・ビーン・ア・ビューティフル・ベイビー」のギターはジェリーだと判明していたので、引き続きジェリーが弾いたのか、あるいはジェイムス・バートンとか他のギタリストのプレイなのか、そのあたりを確かめてきてくれという使命をぼくは担っていたのだった。

ということで、せっかくの機会だから会話の流れの中で直接ジェリーに聞いてみた。そうしたら、「そうそう! ボビー・ダーリン! ぼくのハリウッドでの初仕事だよ。懐かしいな。自分でもいいプレイができたと誇りに思っている。ただ、次の曲はぼくじゃなく、たぶんグレン・キャンベルだったと思うけど…」と教えてくれた。さらに、「ぼくの初仕事のことを思い出させてくれてありがとう」と、にっこり笑いかけてくれた。いい人だった。あの笑顔が忘れられない。

心からご冥福をお祈りします。どうぞ安らかに。

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