Disc Review

Talk Is Cheap: 30th Anniversary Deluxe Edition / Keith Richards (Mindless/BMG)

TIC30

トーク・イズ・チープ〜30周年記念盤/キース・リチャーズ

まだまだ予断を許さないとはいえ、今、伝えられているところによると、ミック・ジャガー、術後の経過もとりあえず順調なようで。よかった。75歳だからなぁ。大病を患うのも仕方ないこととはいえ、いやいや、まだがんばってもらわないと。たぶん、今日紹介する発売30周年記念アルバムの主役、キース・リチャーズもほっとしていることだろう。やっぱり、ミックとキース、この二人は二人でいてくれないと。

と、そんな鉄壁のツインズ的関係にあるミックとキースではありますが。このアルバム『トーク・イズ・チープ』のオリジナル・リリースのころ、1988年、二人の仲は最悪だった。そのちょっと前、86年に出たストーンズのアルバム『ダーティ・ワーク』には、強烈なR&Bカヴァー「ハーレム・シャッフル」も含まれていて、ぼくにはけっこう楽しめた1枚ではあったけれど。オープニングを飾っていた「ワン・ヒット」のビデオ・クリップにはミックとキースがタイマン張るみたいなシーンが含まれていて。けっこうまじな感じで身体をぶつけ合ったり…。見るたびにドキドキしたことを覚えている。バンドの潤滑油的な存在でもあったイアン・スチュアートが亡くなったのもそのころだった。

もうローリング・ストーンズは解散しちゃうんじゃないかな…と、口に出さないまでも、漠然と恐れていたファンも少なくなかったと思う。ぼくもそうだった。ミックはソロ・アルバムにばかりご執心で。初来日もあったけれど、それはストーンズとしてではなく、ソロ・アーティストとしてだった。なのに、やった曲はほとんどストーンズ・ナンバー。それがまたいっそうわびしい終焉感を醸し出していた。

そこに追い打ちをかけたのが本作、キースの初ソロ・アルバム『トーク・イズ・チープ』だった。こちらはむしろ、あまりにも手応えあふれる仕上がりゆえ、終焉感を5割増しくらいにしてしまった。まあ、その後、ミックとキースは関係を修復し現在に至るわけで。もろもろ取り越し苦労ではあったのだけれど。でも、このアルバム、その完成を契機にキースがソロとしての活動を本格化させたとしても不思議はない、充実した傑作だった。オリジナル・リリースから去年で30年。ということで、出たのが今回のエクスパンデッド・エディションだ。もともとリリースされたころ、まだCD黎明期でもあったせいで、マスタリングの音量レベルが小さくて不満だったけれど、その辺も解消されてめでたし。

オリジナル・アルバムの最新リマスター盤である1CDもののデジパック仕様もあれば、未発表トラック6曲を収録したボーナスCD付きの2CDもの、180gブラック・ヴァイナルのアナログ1LPもの、その2CD+1LPに加えてボーナス音源入りのLPと、7インチ・シングル2枚、およびツアー・パスとかギター・ピックとかポスターなどを詰め込んだ豪華ボックスセットなど、祭だ、まつり!(笑)

アルバムの制作に先駆けて、86年、キースは敬愛するチャック・ベリーの還暦を祝うドキュメンタリー映画『ヘイル・ヘイル・ロックンロール』をプロデュースしているが、そこで再確認したロックンロールの奥深い魅力と、共演したドラマー、スティーヴ・ジョーダンの最強グルーヴとをベーシックに、ルーズさと切れ味鋭さ、重さと軽さ、真面目と不真面目、涙と汗、正と邪、清と濁、嘘と真実など、様々な要素が渾然と渦巻く実にかっこいい音世界を作り上げてみせた。

キース、スティーヴ・ジョーダンの二人を核に、ワディ・ワクテル、チャーリー・ドレイトン、アイヴァン・ネヴィルらがバックアップ。曲によってはブーツィー・コリンズ、バーニー・ウォーレル、メイシオ・パーカーらが強靱なファンク・グルーヴを提供していたり、チャック・ベリーの盟友ジョニー・ジョンソンがごきげんなロックンロール・ピアノを聞かせていたり、バックウィート・ザディコがアコーディオンで不思議なアンサンブルを構築していたり…。

全編キースのギターがジャキーン!と鳴りまくり。痛快。リード・ヴォーカルもすべて彼がつとめているが、そちらは本職ではないという思いからか、けっこうバック・コーラスがふんだんに使われていて。そこら辺にキースのロックンロールへの造詣の深さがにじみ出ていたりして、楽しい。個人的にはメンフィス・ホーンズをバックに従え、サラ・ダッシュとのデュエットで往年のウィリー・ミッチェル・グルーヴをぐっと重く再現したかのような「メイク・ノー・ミステイク」が大好き。ずいぶんラジオでかけまくったものです。

前述したような様々なフォーマットで発売されているわけだが。1CDとか1LPだともったいないかも。というのは、ボーナスCDに収録された未発表セッションがやけに面白いから。ボーナス・ディスク6曲中4曲は、キース、スティーヴ・ジョーダン、ミック・テイラー、チャック・リーヴェル、ジョー・スパンピナート、ボビー・キーズ、そしてジョニー・ジョンソンという魅力的な顔ぶれで繰り広げたブルース・セッションの模様。憧れのジョニー・ジョンソンとの共演が楽しくて仕方ない感じが伝わってきて。30年の歳月を経た今なお、わくわくできる。

この時期以降、80年代のデジタル旋風のもと、若干右往左往していたベテラン勢たちが、時の流れに翻弄されるのをやめ、今いちど自らのルーツに立ち返った強い音作りを聞かせるようになった。強いアコースティック・ギターのカッティングをグルーヴの中枢に据えたトラヴェリング・ウィルベリーズとか、ニューヨークという街の詩情を改めてロックンロールに乗せて描き始めたルー・リードとか、轟音エレクトリック・サウンドと穏やかなアコースティック・サウンドとを絶妙のバランスで共存させるようになったニール・ヤングとか、アダルト・コンテンポラリーな角度からブルースを再評価してグラミーに輝いたボニー・レイットとか…。

キースの『トーク・イズ・チープ』もそういうシーンの動きを活発化させた強力な一撃だった。この手応えがあったからこそ、わだかまりを氷解させたミックとキースは力を合わせて89年、ストーンズ起死回生の1枚『スティール・ホイールズ』を作り上げることができたのだろう。

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