Disc Review

Fresh / 高田漣 (Bellwood/King)

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2017年の傑作アルバム『ナイトライダーズ・ブルース』に続く高田漣の新作が登場した。

ノッケ、ちょっとしたくすぐりネタを受けて、往年のG.ラヴとかソウル・コフィングを彷彿させるハード・アコースティック・ファンキー・グルーヴでスタート。以降、ビーチ・ボーイズあり、はっぴいえんどあり、ビースティー・ボーイズあり、ノエル・ボッグズあり、YMO経由のテクノあり、ナイアガラ経由のニューオーリンズR&Bあり、ウェスタン・スウィングあり、変拍子ものあり…。音楽をめぐる、とんでもなく柔軟で、イマジネイティヴな時空の旅が続く。

細野晴臣と大滝詠一という、気軽には並び立たせられそうもない両雄からの強い影響を色濃く共存させているという点でも、なかなかのツワモノ。お父上の飄々とした個性と才能を確実に受け継いでいるからこその感覚なのだろう。

ちなみに、このアルバムの内容については、ぼくが編集長をつとめるフリー(無料)のデジタル音楽雑誌「エリス」の最新26号(3月7日公開)で漣くんが、いつもの連載記事に加えて、自ら“完全ネタバレ・セルフ・ライナーノーツ”を書いてくれています。以前も書いたけれど、「エリス」はメールアドレスさえ登録すればタダで全記事を読めるデジタル雑誌なので、ご興味ある方、ぜひこの機会に「エリス」のホームページから購読申し込みをしていただきたい。ぼくなんかがああだこうだ書く以上に、この素敵なアルバムの魅力をいきいき感じ取ることができるはず。

ただ、蛇足ながらぼくの感想も軽く付け加えさせてもらうと——。

グルーヴばりばりの楽曲も素晴らしいけれど、今回は漣くんがシンガー・ソングライターとしての味を全開にしたタイプのパーソナルな手触りの曲での表現がとてもいい。特に「セロファン」という曲。しびれた。都会に出て行った女の子と、田舎町に残った男の子とが交互に思いを吐露する、まあ、ありがちと言えばありがちな内容なのだが。漣くんが歌うと、なぜかこれがしみるのだ。

ずいぶんと昔に、スティーヴ・マーティン&イーディ・ブリッケルがリリースしたアルバム『ラヴ・ハズ・カム・フォー・ユー』に関して本ブログで書いたことの繰り返しになるのだけれど、どこかに出て行く者もいれば、どこにも行かず同じ場所に佇み続ける者もいる。どこか別の場所に行かなければ見られない夢もあれば、あえて自分が暮らし続ける場所にとどまりながらでなければ感じられない思いもある。どちらにも強い意志があり、達成感があり、同時に深い喪失感があり、哀しみがある。

漣くんというのは、その両方、つまりざっくり言えば“伝統”と“革新”、あるいは“旧”と“新”、ふたつのコンセプトにきっちり足場を築きつつ、絶妙のバランスのもと活動している見上げた音楽家だ。そういう意味でもこの曲、なんだか漣くんの在り方そのものを体現した曲のようにも思えて。ぐっときてしまったのでした。

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