Disc Review

Elvis Is Back!: FTD Upgrade Edition / Elvis Presley (Follow That Dream/BMG)

エルヴィス・イズ・バック!:FTDアップグレード・エディション/エルヴィス・プレスリー

実は、光栄なことに一足先にブライアン・ウィルソン『SMiLE』のDVD、見せてもらっちゃっているわけですが。もう素晴らしくて。楽しくて。最高。去年の2月にロンドンで『SMiLE』の初演を見てから、すでに1年3ヵ月。いまだ『SMiLE』イヤーは継続中です。さすがにブライアンの来日公演最終日でぼくの『SMiLE』熱も打ち止めかと思ったものの。旅はまだまだ続きます。DVDを見返すたびにまた新たな発見が…。深いです、『SMiLE』は。ぼくの同業者の中にも、いまだ『SMiLE』のすごみがわかっていない人はけっこういて。したり顔でとぼけたこと言ってたりしますが。無視です(笑)。あとで後悔することでしょう。

ちなみに今回のDVD、既報の通り2枚組です。1枚目にはブートもたくさん出回っているTVドキュメンタリー『Beautiful Dreamer』(アメリカ版ロング・ヴァージョンのほう)がメインで入っていて。ただ、一部、TVでオンエアされたものとは違うインサート・ショットが入っていたり。軽い再編集がほどこされているみたい。

苦悩を抱え込んだひとりの天才ミュージシャンがいかにそれを乗り越えていくかという感動のストーリーなわけだが。今回わが家で見直しながら能地と感動し直したポイントは、ブライアンは『SMiLE』を作ることで何を得たかったのかということ。ブライアン自身はこの問いに対して「ぼくとヴァン・ダイクがいかに先を行っていたか世の中に知らしめたかった」みたいなことを答えるのだ。どこまで本音なのかはわからないけれど。とにかく、「誰も聞いたことがない音楽を作りたかった」と。でも、『SMiLE』の制作が難航していたある日、カー・ラジオでビートルズの「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」を聞いて、負けた、と。そこにはこれまで誰も聞いたことのない音楽があった。『SMiLE』が目指していたのもそういうものだった。先を越された。だから、もうやめた。すべてを捨てた。自分は負けた、と。

『SMiLE』がどういうものなのか、どれほどの傑作なのか、すでに知ってしまっている今のぼくたちにしてみると、なんかブライアンはけっこうちっちぇーこと考えてたんだな、というか。フツーの目標を立てていたんだなと驚いてしまう。まあ、幼いころから親父にがたがた言われながらショー・ビジネスの世界で勝ち抜くことを義務づけられてきたブライアンだけに、仕方ないのかなとも思うのだけれど。要するに、みんなから「すごい」と言われたかったみたいな。そういうことなわけで。

この辺、けっこうスキだらけの発言だけに、アーティスト本人の意向がすべてとばかり、発言を額面通り鵜呑みにしがちな日本の音楽ジャーナリズムの世界からは、またつまらないこと言い出すやつが出てきそうな気もするが。ポイントは、そんな、わりとフツーの賞賛を得たいという凡人なみの夢を追いながら、しかしブライアンとヴァン・ダイクがこれほどの、時代もジャンルも超えたとてつもない音楽を作り上げてしまったという事実だ。本人の狙いがどうであれ、出来上がった作品の素晴らしさは瞭然。歌詞も、メロディも、アレンジも、すべてが完璧。すべてが芸術。ここに改めて若き日のブライアンとヴァン・ダイクの凄まじい才気を思い知った。感動を新たにした。そんなわが家なのでありました。

『Beautiful Dreamer』本編に、『SMiLE』制作中、ブライアンは「ラプソディ・イン・ブルー」を発表する直前のガーシュインの心境だったという描写があるけれど。確かに「ラプソディ・イン・ブルー」も当時先駆的/実験的な楽曲で。初演時には酷評も含めあれこれ言われたわけだが。時を超えて生き残って。それは別に実験的だから生き残ったわけじゃなくて。すげえ曲だから生き残っただけ。『SMiLE』もそんなですよ。ロンドン初演が終わったあとの観客へのインタビューで、ある女性客が「私たちは400年後の誰もがうらやむ歴史的瞬間に居合わせたのよ」と答えているけれど。その通りです。

2枚目のほうのメインは『SMiLE』のライヴ。初演のロンドン公演でも、最初のほうの4公演くらいはずいぶんとたくさんカメラが入って映像を収録していたけれど、出来上がったDVDを見てみたら、そのときの映像は『Beautiful Dreamer』に使われていただけ。ディスク2に収められたライヴは、大きな撮影スタジオにセットを組んで、きちんと撮影用の照明をほどこして、内輪っぽい観客を入れて、改めてシューティングされたものだった。何度か回して、編集でいいところをつなぎながら構成されているようだ。音のほうも部分部分差し替えたりしているみたい。ライヴ感は薄いけれど、今回の『SMiLE』ツアーのマニュアル版というか、そんな感じです。カメラ割りも的確すぎて、NHKのクラシック中継見ているみたいだけど。もちろん、これはこれで楽しい仕上がりだ。ブライアンもハリウッド・スマイル連発です。

ボーナス映像としては、『Beautiful Dreamer』本編で使われた素材のノーカット版を中心にたっぷり。まず1枚目には、『SMiLE』のEPKとしても配布され、Web公開もされた『Beautiful Dreamer』の予告編。ロンドン初演時の「ミセス・オレアリーズ・カウ」ライヴ映像。終演後の楽屋に集う上気しまくった関係者、ミュージシャンたちのコメント集。ロンドン公演中に収録されたヴァン・ダイク・パークスとブライアンの対談(というか、ヴァン・ダイクがインタビュアー役となって、当時のことをいろいろブライアンに語らせようとしたもの。興味深い話、多数)。全英ツアー終了後、3月に自宅に戻ったブライアンへのインタビュー(このときはノリノリで。またツアーに出たくてしょうがない、と信じられないような発言を連発。のちに“7点”へと修正されるが、この段階では“『SMiLE』が10点なら『ペット・サウンズ』は4点”とぶちかましている。4点かよっ。“勝ち目はないね”って、おい)。さらに、本編でも使用されている5月と8月のインタビュー。

2枚目のほうには、『Beautiful Dreamer』の随所に記録されているブライアンのピアノ演奏シーンのノーカット版がたっぷり。キャロル・ケイとの、なんとも盛り上がらない(笑)セッションも数曲あり。ダリアンのピアノ伴奏で「キャビネッセンス」を歌うシーンも。歌詞の眺め方がかわいい。あと、『SMiLE』のEPKにも短縮版が収録されていた、2004年スタジオ盤のレコーディング風景。これが最高。楽しい。素晴らしい。『SMiLE 2004』はシンセ使いすぎとか見当はずれの評をしているおとぼけ君も世の中にはいたりしますが、これ見れば自分の間違いに顔を赤らめることでしょう。そして、BrianWison.com で募集された「英雄と悪漢」のビデオ・クリップ最優秀作。盛りだくさんだ。

国内発売は来月かな。楽しみにお待ちください。

と、これで終わると、何もアルバム紹介をしないで終わっちゃうことになるので、何かピックアップしておこう。最近、ウィーザーとかイールズとかライアン・アダムスとか、いいアルバムが続出しているけれど。全部紹介するタイミングを逸してます(笑)。すみません。いろんな雑誌とかでレビューしてますので、そっち見てやってください。なので、ここでは再発盤、いきます。1958年に徴兵され、ドイツに駐屯していたエルヴィス・プレスリーが、60年に除隊して即刻ナッシュヴィルのRCAスタジオ入り。3月と4月にごきげんなレコーディング・セッションを行ったのだが。そのときに収録された音源で構成された傑作オリジナル・アルバム『エルヴィス・イズ・バック』のアップグレード版だ。

これは、エルヴィス・ファンにはおなじみ、Follow That Dream レーベルからのリリースで。通常のRCA/BMGからもこのアルバムのアップグレード版は出ているけれど。今回はなんとシングル盤サイズのダブル・ジャケットに収められた2枚組での登場。オリジナル・アルバムの収録曲はもちろん、同じレコーディング・セッションで録音された未アルバム化シングル音源や、膨大な別テイクなどがたっぷり詰め込まれている。このセッションに関しては、前述したRCA/BMGからのアップグレード版など、様々な形で別テイクがすでに多数世に出てはいるが、今回は短いものも含め25テイクほどが公式には初出。エルヴィスに関してはあまりたくさんブートレグをチェックしていないぼくなので、正確なところはまるでわからないけれど、主にファルス・スタートものの中にいくつか、まったく初聞きのものがあった。やるな、Follow That Dream。

ロックンロールのキングとして君臨した50年代を終え、ポップ・シーンのキングへの第一歩を踏み出したエルヴィスの無敵のグルーヴを楽しもう。お得意のミディアムものあり、バラードあり、ジャズ調あり、ドゥーワップ調あり、ブルースあり。この時期のエルヴィスの完璧なヴォーカル・コントロールに圧倒されます。

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