ライヴ評:『SMiLE』ブライアン・ウィルソン(2004年10月12日、ニューヨーク、カーネギー・ホール)
一夜あけて、いまだ充実した、豊かな、ふくよかな感触に包まれているワタシです。
いやー、やっぱいいなぁ、ブライアン。10月12日、ブライアン・ウィルソンの『SMiLE』ツアー全米編、そのニューヨーク公演の1日目をカーネギー・ホールのアイザック・スターン・オーディトリアムで見た。
この日は、お昼ちょっと前にセントラル・パークへ散歩に行って、タワー・レコードに寄って『SMiLE』が店のセールス・チャート2位(ちなみに1位はトム・ウェイツ、3位はREM)ってのを確認しつつホテルに帰る途中、カーネギー・ホールの前を通りかかったら、ホールの前に髪の毛が爆発してる変な男を発見。なんとダリアン・サハナジャで(笑)。熱いオタクどうしの抱擁後、近所のデリに突入して3時間くらい話し込んじゃったり。公演を見るために再びカーネギーに向かう途中、交差点のところで、フツーにお付きの人に連れられたブライアンに遭遇したり。ニューヨークって街の魔力ですかね。
スターン・オーディトリアムはカーネギー・ホール内にある3つのホールのうち、いちばん大きいところで。3000人弱収容かな? いかにもクラシックの生演奏に特化したホールという感じで、内装も見事にクラシカル。その“音楽の殿堂”に初めてブライアンが立つというのは、なんだかスペシャルな感じで。わくわくしたなぁ。ノンサッチに移籍したおかげでしょうか。グッジョブ、ノンサッチ!
ただ、格式ある会場のせいか、2月のロンドン公演の開演前、ステージを覆い隠していた緞帳(というほどでもない、薄い幕)はなし。この辺は、ロンドン公演以降、一度も見ていないので、今はもう使っていないのかもしれないけれど。とりあえず、開演前もステージ上のセッティングが全部見える状態になっていた。ステージ背後が円形になっている構造のためか、照明も含めたセッティングもずいぶん簡素。演出云々ではなく、音楽を聞かせることだけに集中したカーネギー・ホール公演…ということだろう。
普通に観客の入口から案内係に連れられて入ってきたヴァン・ダイク・パークスの姿に、すでに客席全体がスタンディング・オベーション。ナチュラルに期待が高まる中、客電が落ちると、おなじみのバンド・メンバーがぞろぞろとステージ上手に集合。ブライアンを囲んで、談笑しながら、ビーチ・ボーイズ・マニアにはおなじみ、例の“たき火”のシーンを思わせるアコースティック・パートに突入。開幕だ。以下、とりあえず全編のセットリストを載せておきますね。いつも書いているように、ぼくはライヴを楽しむ際はメモとかとらないので、抜けとか間違いとかあるかも。その辺はご了承ください。
Set #1
(acoustic section)
- And Your Dream Comes True
- Surfer Girl
- (Row, Row, Row Your Boat)~Hawaii
- Wendy
- Add Some Music To Your Day
- Good To My Baby
- Please Let Me Wonder
- Drive In
- You're Welcome
(full band section)
- Sloop John B
- Dance, Dance, Dance
- Desert Drive
- California Girls
- Your Imagination
- Gettin' In Over My Head
- God Only Knows
- Good Timin'
- Forever
- Soul Searchin'
- Sail On Sailor
- Marcella
Set #2
(SMiLE section)
- Our Prayer/Gee
- Heroes And Villains
- Roll Plymouth Rock
- Barnyard
- Old Master Painter/You Are My Sunshine
- Cabin Essence
- Wonderful
- Song For Children
- Child Is Father Of The Man
- Surf's Up
- I'm In Great Shape/I Wanna Be Around/Workshop
- Vega-Tables
- On A Holiday
- Wind Chimes
- Mrs. O'Leary's Cow
- In Blue Hawaii
- Good Vibrations
(encore #1)
- Do It Again
- I Get Around
- Help Me Rhonda
- Barbara Ann
- Surfin' U.S.A.
- Fun Fun Fun
(encore #2) - Love And Mercy
他の地域でのセットリストと比べて、特に大きな変化はない感じ。ブライアンの調子はけっして万全とは言えなかったけれど、ニューヨーク、しかもカーネギー・ホールということでそれなりに気分が高揚しているように見えた。アコースティック・セットで聞かせてくれた「ウェンディ」の途中、ブライアンが咳き込む瞬間があって、おっ! と思ったんだけど、これは偶然っぽかったです。残念(笑)。あと、ジェフリーが、もちろんそれでもかなりでっかいものの、ちょっとけっこうやせてたような…。
音響は、やはりクラシックに特化されたホールのせいか、低音のほうがぐるぐるに回っている感じで。ちょっとライヴすぎるというか。最初のうち、ドラムとベースの処理にかなりPAのスタッフも苦労していたようだ。徐々に解消されはしたけれど、音響的にはちょっと不満の残る公演だったかも。
他に気になった曲をピックアップしておくと。第1部の中盤、「ゴッド・オンリー・ノウズ」「グッド・タイミン」「フォーエヴァー」「ソウル・サーチン」と続く、カールとデニスへの愛情に満ちあふれたパートかな。特にストックホルム・ホーンズ&ストリングスのストリングス・セクションが加わったアレンジでの「フォーエヴァー」には胸がふるえた。2月のロンドン公演からバンドに随行するようになったホーンズ&ストリングスだけれど。当初は、演奏以外、せいぜい『SMiLE』セクションで消防士の帽子をかぶったり、野菜を持ち出したりする程度だった彼らもすっかりバンドに溶け込み、『SMiLE』セクション以外での演奏もぐっと増えた。振り付けなどで観客の盛り上げにも重要な役割を果たすようになっている。
ちなみに、「フォーエヴァー」のあとに、懐かしのシガレット・ライター・ジョークも飛び出しました。ノック・ノック・ジョークはなかったけど。
それと、「マーセラ」。曲のアタマに、ブライアンがピアノを弾いてテイラー・ミルズが可愛らしく歌うキュートなヴァースのようなものが追加されていた。と、そんな感じで第1部は『ゲッティン・イン・オーヴァー・マイ・ヘッド』のプロモーション・ツアー的な色彩をたたえつつ、休憩へ。休憩中はなぜかビートルズの初期ヒットがかかっていたなぁ。謎だ…。
『SMiLE』セクションは、基本的に2月のロンドンで見たものと変わらず。曲名とかは変更されているけれど、ロンドン公演中に書いたこの流れを参照してください。ただ、前回ちらっと触れたように、スタジオ盤のレコーディングを経て、さらに細部、特にホーンやストリングスのアレンジが刷新されている感じもあり。新鮮に楽しめたのは事実。「英雄と悪漢」の中盤に登場するアカペラ・パートにもストリングスが加えられていたり、「イン・ザ・カンティナ」パートの直前にベースのピックアップ・フレーズが付いていたり。ライヴを重ねる中で、少しずつ改良されてきている感じ。まあ、ロンドン公演のときとは違って、すでにスタジオ盤『SMiLE』も世に出ている状態なので、聞く側もずいぶんと余裕があるというか。ロンドン公演の際に漂っていた、ただならぬ緊張感のようなものもなく、リラックスして『SMiLE』ワールドを楽しめた。そんな、リラックスして『SMiLE』を楽しむ日がやってくるなんて。想像もしなかった。
以前、ここでも触れたことだけれど。やはり今年の2月20日のロンドン公演というのが、本当に歴史が変わる瞬間で。そこで37年間、彼を苦しめ続けた悪夢に終止符を打ったブライアンは、以降、どんどんグレードアップしていくのみというか。音楽にまつわる古い記憶を払拭して、新しい局面と積極的にコネクトしようとしている感じが伝わってきた。前述した通り、この夜のブライアンはけっして万全な体調ではなかったようだけれど、『SMiLE』という自分の“新しい作品”を心から楽しみ、躍動しているように見えた。第2楽章の美しさも際だってきた。第3楽章のめくるめくスリリングな展開も磨きがかかってきた。
60年代、レコーディング中に「お前、何やってるんだ」とメンバーからもこっぴどく非難された「ファイア(ミセス・オレアリーズ・カウ)」や「ワークショップ」などを含む第3楽章に関して、ロンドンで初お披露目するまでのブライアンは恐怖すら覚えていたそうなのだけれど。公演の成功、スタジオ盤の完成などを経て、今ではブライアンがもっとも好きな楽章になっているのだとか。
当然のごとき大アプローズを受けて、『SMiLE』セクションも終了。アンコールはいつも通りのお祭り騒ぎだ。「ドゥ・イット・アゲイン」の中盤、“With a girl the lonely sea looks good in moonlight”のパートにストリングスが、後半にはホーンが加わり、これもぐっとグレードアップ。ラストの「ラヴ・アンド・マーシー」にもストリングスが加わり、最後のリフレインでいきなり転調するという、聞き手の胸を切なく切なくえぐるような美しい展開も新味だった。さらに歌詞もちょっと変えられていて。“I was lyin' in my room and the news came on T.V.”の部分を、この夜、ブライアンは過去形ではなく、現在形で歌った。多くの人が傷ついていることを、まさに今起こっている出来事としてぼくたちに届けてきた。泣けた。
というわけで、本ホームページ始まって以来、ライヴ・レビュー…というか、簡単な感想みたいなものだけれど、アルバム・レビュー以外のものをトップ・ページに持ってきちゃいましたよ。さあ、今夜もカーネギー2日目だ。今夜も泣くぞ。
(10月13日、追記)
10月13日分について、軽く追記です。演奏曲関連では、なんとアコースティック・セットのほうに「Gettin' In Over My Head」が移動。「Wendy」の次に披露されました。照明のスタッフが気分を出して暗めの演出をしたら、ブライアンが歌詞を読めなくなって、“明かりをつけろ!”と曲なかで叫ぶというドタバタもありつつ、この「Gettin'...」のアンプラグド・ヴァージョン、かなりの出来でしたよ。で、代わりに「Good To My Baby」が消滅。バンド・セットのほうから「Gettin'...」が抜けたぶん、「God Only Knows」の次に、想い出の99年ツアー・オープニング曲だった「The Little Girl I Once Knew」が久々の復活。ブライアンが“「カリフォルニア・ガールズ」の次に出したのに、全然売れなかったシングルです”と堂々と紹介していたのが笑えたなぁ。
あと、『SMiLE』セットでは「ジー」のコーラスの際、全員、手を丸めて口に当てて、人力ラジオ・ヴォイスにしていたのが面白かった。今夜のブライアンはかなり調子がいいようで、前夜よりもずっと楽しげに、うきうきステージをこなしている感じ。PAも今夜はだいぶ落ち着いていたし。はぁ、幸せな2夜でしたぁ…。
来日、実現するといいけど。メンバーの話では、実現するとすれば来年1月か、でなければ3月とのこと。さて…?