オン・ザ・リップス/モリー・ルイス
今から40年近く前、1980年代後半の話になるのだけれど。確かジーン・ストックとかなんとか、そんな名前の女性が書いた『ホイッスル・オフ』って本に出くわしたことがあって。これ、その名の通り、口笛の吹き方のガイド・ブックだった。
口笛初心者のための音の出し方に始まって、中級者向けのビブラートの付け方、上級者向けの“ひとり二重唱”口笛の吹き方、さらにいい音を出すための唇のメンテナンスまで。まさに、あのテこのテの教則本。練習曲の楽譜もふんだんに載っていて。フォスターの牧歌的な名曲とか、レッド・ツェッペリン「天国の階段」とか、チャイコフスキーの交響曲第5番とか…。
確か、ナショナル・ホイッスラーズ・コンヴェンションだかインターナショナル・ホイッスラーズ・コンヴェンションだか、そういう毎年恒例の口笛大会があって。その盛り上げのために出た一冊だったような…。うろ覚えですみません(笑)。ずいぶんと昔の話なもんで。でも、とにかくその本読んで、いやー、口笛といえど深いな、と。確かに歌声同様、人間が人力でコントロールする超アナログな楽器なわけで。その計り知れない魅力を再認識したものです。
口笛入りのレコードとか、大好き。以前、口笛が印象的にフィーチャーされた曲ばかり集めたプレイリストとか作ったこともありました。そんな口笛好きのぼくに絶好の1枚が出たのでご紹介です。
豪シドニー生まれで、現在は米ロサンゼルスを拠点に活躍する女性ホイッスラー、モリー・ルイスの初フル・アルバム『オン・ザ・リップス』。モリーさんは2005年ごろ、前述した口笛大会のドキュメンタリー映画『PUCKER UP: THE FINE ART OF WHISTLING』ってやつを見て口笛の魅力にハマって、いろいろ精進して、2012年、ついに自らその大会に出場。2015年にはまた別の口笛競技会、ザ・マスターズ・オヴ・ミュージカル・ホイッスリング・インターナショナル・コンペティションの伴奏付き部門の女性優勝者になって。
以降、トップクラフのホイッスラーとして大活躍。ドクター・ドレ、ジャクソン・ブラウン、ラ・ファム、セバスチャン・テリエなどと共演したり、ワイズ・ブラッドのツアーをサポートしたり、マーク・ロンソンの下、映画『バービー』のサウンドトラックに参加したり。自ら企画する“カフェ・モリー”というイベントも好評だとか。2021年と2022年にはソロ名義でのEPもリリースしている。
で、ついにフル・アルバムが出た、と。全10曲中、ホセ・ルイス・ペラレスの「ポルケ・テ・バス」、ボーイ・ジョージとかも取り上げていたデイヴ・ペリーの「ザ・クライング・ゲーム」の2曲がカヴァーで、あとはすべてプロデューサーであるトーマス・ブレネックとの共作なども含めモリーさんのオリジナル曲。
カリフォルニアのパサディナにあるダイアモンド・ウエスト・スタジオに、ヴィンテージのティキ・バーを設置して、リラックスしたムードの下、ロジャー・ジョセフ・マニング・ジュニアやニック・ハキムらを筆頭に、ひと癖ある多彩なゲスト陣を曲ごとに迎えながら、エキゾチックだったり、ジャジーだったり、スモーキーだったり、ハリウッドものなのかヌーヴェルバーグものなのかイタリアものなのかイメージは曖昧だけれど、とにかく架空の映画サントラのような世界観を届けてくれる。
ちなみに、「ソニー」って曲が入っているけれど、これは幼いころにジャック・ケルアックと出会い、その後、《トゥルバドール》のバーテンダーとしてトム・ウェイツ、リッキー・リー・ジョーンズ、ジーン・クラークらと交流し、チャールズ・ブコウスキーの飲み友達となったケネス・ソニー・ドナートのことだとか。彼は“カフェ・モリー”のMC役などもつとめているらしい。モリーさんの人脈もなんだか興味深いな。
こういうアルバムがジャグジャグウォー・レコードから出るってのも面白いっすね。