ディヴァイン・シンメトリー/デヴィッド・ボウイ
3年前、デヴィッド・ボウイの超初期、アルバム『スペース・オディティ』に至るまでの足取りを記録したボックスセット『カンヴァセーション・ピース』を紹介したとき、ボウイの初来日公演について触れたことがあった。イメージとしては一見ガリガリの細身に見えた彼が、実は筋肉ガッチガチで。その筋力が背景にあってこそ、彼はその後、音楽的にもファッション的にもくるくる表層を変えながら、しかし根底に1本スジの通った、“デヴィッド・ボウイっぽい”としか形容しようのない活動をし続けられたのだろうと思う…的な。まあ、そんなことを書いたのだけれど。
その筋力をまだ鍛えている時期、アルバムで言うと、1971年の名盤『ハンキー・ドリー』に向けて試行錯誤を続けていた時期のデヴィッド・ボウイの筋トレをとらえたボックスセットが出た。それが今回4CD+1ブルーレイというフォーマットで編まれた『ディヴァイン・シンメトリー』だ。
1969年の『スペース・オディティ』前後の時期を扱った前述『カンヴァセーション・ピース』の後、1970年の『世界を売った男(The Man Who Sold the World)』の時期を扱った『ウィドゥス・オブ・ア・サークル〜円軌道の幅〜(The Width Of A Circle)』という2枚組を出して。その後の記録だ。1972年の特大ヒット・アルバム『ジギー・スターダスト(The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars)』に至る前の時期。まさに爆発直前のボウイの姿を興味深く追体験できる。
ぼくがデヴィッド・ボウイの存在を知ったのは、同世代の日本の洋楽ファンの多くと同様、『ジギー・スターダスト』によって。なもんで、「スペース・オディティ」も含め、それ以前のボウイ作品はすべて後追いで聞いたのだけれど。そんな中で出くわした『ハンキー・ドリー』というアルバムにはけっこう感動した。『ジギー・スターダスト』よりいいじゃん、とか。当時、高校生の分際で生意気なことを思ったりもしたものだ。懐かしい。
そのころぼくが大好きになって深みにハマりつつあったボブ・ディランに歌いかけている曲が入っていたことも大きい。それが「ボブ・ディランに捧げる歌(Song For Bob Dylan)」。そこで若きボウイは、ロバート・ジママン(ディランのかつての本名)に対し切実な声でこう歌いかけていた。
“君の親友、ディランに伝えてほしい。またあの懐かしいストリートを眺めてくれないか、と。ぼくたちはもう彼の詩を忘れてしまった、と”
1970年代に入ったばかりのころ、1960年代の激烈な疾走のあとの奇妙な穏やかさに貫かれた、悪く言えば煮え切らないアルバムばかりリリースするようになってしまっていたディランの現状に対するきついメッセージだった。あんたがもうやらないなら俺がやる、みたいな。ある種の決意表明だったのかもしれない。「スペース・オディティ」の後続ヒットも生み出せず、一発屋で終わるのかと思われつつあった時期。バンドともうまくいかず、厳しい状況に置かれてはいたけれど、次なるステップを模索する若きボウイの意欲はばりばりだった、と。そういうことか。
今回のボックスセット、“ザ・ソングライティング・デモズ・プラス”と題されたディスク1は、その名の通り生々しいデモ音源集。『ハンキー・ドリー』に収められたものもあれば、お蔵入りしたものもある。一部、「流砂(Quicksand)」のデモのように以前CDのボーナス・トラックで世に出た音源もあるけれど、全16曲中14トラックが未発表だった貴重なものばかりだ。
ディスク2は“BBCレディオ・イン・コンサート・ウィズ・ジョン・ピール”。1971年6月にジョン・ピールの番組のために録音された放送音源集だ。「ボマーズ」「ルッキング・フォー・ア・フレンド」「オールモスト・グロウン」「クークス」「イット・エイント・イージー」は2000年に出た『ボウイ・アット・ザ・ビーブ』で発掘ずみの音源だが、残り11トラックは初発掘もの。
ディスク3は“BBCレディオ・セッション・アンド・ライヴ”。ここでも「ザ・スーパーメン」「オー! ユー・プリティ・シングズ」「8行詩(Eight Line Poem)」「アンディ・ウォーホル」あたりは、日本盤とかサンプル・プレスとかいろいろな形の『ボウイ・イット・ザ・ビーブ』でお披露目ずみだけれども、残る16トラックはたぶん初発掘。ディスク2ともども、ミック・ロンソンをはじめ後にザ・スパイダース・フロム・マーズのメンバーとなる顔ぶれとライヴするようになったころの初々しいドキュメントだ。
で、ディスク4が“オルタナティヴ・ミックシズ、シングルズ・アンド・ヴァージョンズ”。1971年にボウイのマネージャーがレコード会社に売り込みをかけるために500枚だけ作成したいわゆる“BOWPROMO”なるプロモーション・レコードに収められた別ミックス群とか、シングルで世に出た音源たちとか、そのうちのひとつであるジャック・ブレル作品のカヴァー「アムステルダム」の初期ミックス(1990年にライコディスクがリリースした『ピンアップス』で初お目見えしたやつ)とか、プロデューサーだったケン・スコットが去年新たに手がけた新ミックスなどが収められている。7トラックが初出だ。
デモあり、ラジオ・セッションあり、レアなライヴ音源あり、別ミックスあり。未発表音源は計48トラック。渡米した際、ニューヨークでアンディ・ウォーホル、ルー・リード、イギー・ポップら新たな人脈との出会いを経験したボウイが、ボブ・ディランに象徴される時代のヒーロー不在をいかにして自分なりに埋め合わせていけばいいのか、自分のためにどんなペルソナを用意すれば時代に対して効果的に切り込んでいけるのか、多彩なトライ&エラーを繰り返していた様子がディスク4枚に詰め込まれている。
やっぱりいちばん興味深いのはディスク1のデモ集か。2002年になってからシングル「スロウ・バーン」のカップリングとして世に出た「シャドウ・マン」の初期デモとか、ほんと、この曲なんで当時アルバムに入らなかったのか不思議なくらい。「火星の生活(Life On Mars?)」のわりとぐだぐだなピアノ弾き語りデモとかも、きっちりオーケストレーションされた公式リリース・ヴァージョン以上にこの曲の“本音”が聞き取れる気がするし。「ボブ・ディランに捧げる歌」のデモでは、なんだかずいぶんとチープなハーモニカ・プレイとかも聞けたりして。ボウイさん、ほんとにディラン好きだったんだなー、と。頬が緩む。
ディスク4に収められている「火星の生活」のオリジナル・エンディング・ヴァージョンというのも面白い。エンディングのレコーディング中に電話が鳴って台無しになった様子が最後まで記録されている。
で、ブルーレイ・オーディオ。こちらには『ハンキー・ドリー』の2015年リマスターとか、前述“BOWPROMO”ミックスとかを駆使して『ハンキー・ドリー』を再構築した『ア・ディヴァイン・シンメトリー(アン・オルタナティヴ・ジャーニー・スルー・ハンキー・ドリー)』とか、ボーナス・ミックスとかがハイレゾ音源で収録されている。そのうち『ア・ディヴァイン・シンメトリー(アン・オルタナティヴ・ジャーニー・スルー・ハンキー・ドリー)』は来年2月、ヴァイナルLPで単独リリースされます。
もちろんブックレットも超豪華。2冊入っていて。ひとつは貴重なメモラビリアや写真、そしてケン・スコットやらダナ・ギレスピーやら多彩な関係者らの寄稿文、トリス・ペンナによる詳細なライナーノーツなどが掲載された100ページものの豪華ハード・カヴァー・ブック。もうひとつは当時のボウイの手書きの歌詞とか衣装のデザイン画、レコーディング時のメモ、ライヴのセットリストなどが書き込まれたノートを復刻した60ページのブックレット。
今回もおなかいっぱい。ずぶずぶのデヴィッド・ボウイ漬け。ジギーへの最終トランスフォーム一歩手前のボウイを堪能できます。