ミンガス・アット・カーネギー・ホール【完全版】/チャールズ・ミンガス
ぼくがチャールズ・ミンガスの圧倒的な底力のようなものを感知したのはけっこう遅くて。大学生になりたての1974年のことだった。1970年代にはすでに押しも押されもせぬ偉大なジャズマンとしてシーンに君臨していたミンガス。ジェフ・ベックがカヴァーしたり、ジョニ・ミッチェルが彼の名を冠したアルバムを出したりするのはまだちょっと後のことになるけれど。それでもぼくのようなロック〜ポップス中心のリスナーですら、プレイ自体をちゃんと聞いたことはなかったとはいえ、名前だけはしっかり認識していたものだ。
そんなミンガスに遅ればせながら圧倒されることになった個人的経緯は少々うねうねしている。大学に合格したごほうびに何かレコードを買ってあげる、何でもいいよ、と親から言われて。そうか、何でもいいのか、ならばこういうときでないと手が出せなそうなボックス・セットにしよう、と(笑)。当時、高価すぎて高校生の小遣いではとてもまかないきれなかったチャーリー・パーカーの『オン・ダイヤル』LP7枚組ボックスを買ってもらうことにした。
で、その箱を聞きまくって。パーカーの大ファンになって。彼の他のアルバムもいろいろ集め始めて…。そんな中で出くわしたのが、かの名盤『ジャズ・アット・マッセイ・ホール』。ご存じ、パーカー、ディジー・ガレスピー、バド・パウエル、マックス・ローチ、そしてチャールズ・ミンガスという顔ぶれの超絶クインテットが1953年にトロントのマッセイ・ホールで録音したライヴ盤だった。
ぼくが初めて手に入れた段階ですでに20年以上前の演奏だったわけだけれど。かっこよかった。もちろん録音当時すでに大物だったパーカーもガレスピーも素晴らしかったし、まだ上り調子の気鋭だったパウエルも、クリフォード・ブラウンと黄金のタッグを組む直前のローチもごきげんだったし。
でも、個人的にはミンガスにやられた。圧倒された。もちろん、マッセイ・ホールの録音当時はやはりまだばりばりの若手。なのに、パーカーとガレスピーというとてつもないツー・トップに臆することなく堂々とぶっとく堅実なグルーヴをでかい音で繰り出していて。やばかった。
後で知ったことだけれど、なんでもミンガスとローチはライヴ録音したテープをニューヨークへと持ち帰り、ベースとドラムのリズム・パートやソロ・パートをオーヴァーダビングしたらしく。そのおかげだったのかもしれない。が、それにしたってベーシストとしての格というか、スケールというか、そういうものがまるで違うなと思い知ったものだ。チャールズ・ミンガス、すげえな、と。
で、他のプレイも聞いてみたくなり、ミンガスのリーダー・アルバムを探し始めて。ちょうどそのころ新作として出ていたライヴ・アルバム『ミンガス・アット・カーネギー・ホール』ってやつをまずゲットした。1974年1月19日、表題通りニューヨークのカーネギー・ホールで録音されたライヴ・アルバム。『…マッセイ・ホール』でも演奏されていたエリントン・ナンバー「パーディド」がこちらでも取り上げられていたことにも後押しされての購入だった。
収録曲はLPのA面にやはりエリントン・ナンバーの「Cジャム・ブルース」、B面に「パーディド」、それぞれ1曲ずつという長尺ライヴ演奏のカップリングで。その「パーディド」を聞きながら、マッセイ・ホールからの20年でジャズがいかに進化/深化してきたか、その流れの激しさを、おぼろげにではあったけれど、ぼくは図らずも思い知ることになった。懐かしい。
『ミンガス・アット・カーネギー・ホール』でもベーシックなグルーヴを決定づけていたのはもちろんチャールズ・ミンガスその人だった。ハミエット・ブルーイット(バリトン・サックス)、ジョージ・アダムス(テナー・サックス)、ローランド・カーク(テナー・サックス)、チャールズ・マクファーソン(アルト・サックス)、ジョン・ハンディ(テナー/アルト)、ジョン・ファディス(トランペット)というごりごりの6管をフロントに立て、ドン・プーレン(ピアノ)とダニー・リッチモンド(ドラム)、そしてミンガス(ベース)というリズム隊が背後から煽りまくる。超熱くて最高だった。ジャズ喫茶でもリクエストしたりして、当時本当によく聞いた。
とともに、ミンガスという人はあくまでもその時代その時代のハード・バップの理想形みたいなものにこだわり続けながら活動してきたんだなということも知った。フリー方面に本格的に踏み込むわけでもなく、ファンク方面にクロスオーヴァーしていくわけでもなく、真っ向からその時代ならではの“モダン・ジャズ”の形を極める、みたいな。
もちろんこの人の場合、プレイヤーというより、むしろソングライターとして、あるいは音楽監督として本領を発揮したコンセプチュアルなリーダー・アルバム群もたくさんあって。それらの存在も重要ではあるのだけれど。個人的にはこうしたライヴ・アルバムでのバンマスっぽい親分肌なベース・プレイを楽しむほうが好きだった。そういう意味でも『ミンガス・アット・カーネギー・ホール』というアルバムはいまだに大好きな1枚なのだけれど。
そんなアルバムの、なんと“完全版”なるものがこのほど登場した。ぼくたちがこれまで聞いていた『ミンガス・アット・カーネギー・ホール』は、当夜、2部構成で行なわれたコンサートの第2部、ジャム・セッションのパートのみだったことを教えてくれるCD2枚組/アナログLP3枚組。米ライノ・レコードによる発掘リリースだ。輸入盤は6月ごろ出たのだけれど、このほど日本盤CD(Amazon / Tower)もめでたく発売になったので、遅まきながらご紹介を。
今回の完全版は当夜のセットリストを完全再現。第1部で演奏された未発表音源4曲+MC1トラック、計80分が初お目見えしている。既出2曲に参加していたハンディ、カーク、マクファーソンの3人はジャム・セッション用のスペシャル・ゲスト。今回発掘されたコンサート第1部は、アダムス、プーレン、リッチモンド、ミンガスというレギュラー・カルテットにブルーイットとファディスが加わったセクステット編成での、まさに最新型ハード・バップ・パフォーマンスだ。こりゃますますたまらない。
『トゥナイト・アット・ヌーン』(1964年)からの「ペギーズ・ブルー・スカイライト」、『ミンガス・ミンガス・ミンガス・ミンガス・ミンガス』(1964年)からの「セリア」、『ミンガス・アー・アム』(1959年)からの「フォーバス知事の寓話(Fables of Faubus)」という3曲のミンガス作品と、『ミンガス・ムーヴズ』(1973年)からのドン・プーレン作品「ビッグ・アリス」というセットリスト。なぜこれが当時発売されずテープ倉庫に眠っていたのか謎なほど、メンバー全員がとてつもない熱量を惜しげもなくぶちまけたすごい演奏を展開している。
オリジナルLPで既発の第2部2曲は基本的にホーン・プレイヤーの暴れっぷりをフィーチャーして、ちょこっとプーレンにもスポットを当てた仕上がりだったけれど、第1部のほうではミンガスやリッチモンドもごきげんなソロをしっかり披露。燃えます。ほんと。
来年はミンガス生誕100年なのだとか。まだまだいろいろ出てきそう。出てきてほしい。どんどんほじくり返してね。楽しみ!