イグジット・ウーンズ/ザ・ウォールフラワーズ
父親がボブ・ディラン。
って、これ、やっぱりとんでもないことで。ありえない環境というか。損も得もわれわれ凡人の想像も及ばない規模でのしかかってくるのだろうなと思う。しかも、同じ音楽の道を選び取ってしまった身となると、こりゃそうとうやばい。
そう。ジェイコブ・ディラン。ウォールフラワーズのフロントマン。というか、今やウォールフラワーズはジェイコブのソロ・プロジェクトだから、ウォールフラワーズことジェイコブ・ディラン、か。
2001年にジェイコブが、まだちゃんとしたバンド形式だったウォールフラワーズの一員として来日したとき、インタビューすることができたのだけれど。スタッフもいろいろ気を遣っているようで、父親に関する話題は御法度と釘を刺された。でも、ねぇ。全然触れないのもおかしな話だし。なので、インタビューの最後にあたりさわりのないことをひとつ聞いてみた。
“今なお精力的にライヴを続ける父親のようになりたいですか?”と。ジェイコブは微笑みながら、“そうだね。ああなりたいよ。足で立っていられる限りは音楽を続けたいね”と答えてくれたものだ。いい子じゃないか。
あのインタビューのとき、30代になったばかりだったジェイコブ坊ちゃんも、今や50代。いい年輪の重ね方をしてきたなと思う。1992年にウォールフラワーズとしてデビューを果たしたあと、しばらく下積みっぽい時代があって、1996年にセカンド・アルバム『ブリンギング・ダウン・ザ・ホース』での最大瞬間風速的大当たりを経て、以降、2005年にかけて3作のアルバムをリリースしつつ、ちょっと注目度が落ち着いた時期も経験して。2007年にいったんバンド活動の休止を宣言。
2008年にはリック・ルービンをプロデューサーに迎えて初のソロ作『シーイング・シングズ』をリリース。これが見事だった。ボブ・ディランの息子ですが何か? 的な、肝の据わったシンガー・ソングライター・サウンドで、優れたストーリーテラーぶりを存分に発揮してみせて。その2年後には、ウォールフラワーズの『ブリンギング・ダウン…』を手がけたTボーン・バーネットをプロデューサーとして呼び戻し、ウォールフラワーズとストレートに比べられることも厭わないぞ的、さらなる自然体によるセカンド・ソロ『ウィメン+カントリー』を出して。
そしていよいよバンド活動休止宣言から5年後、2012年にウォールフラワーズとして待望の復活アルバム『グラッド・オール・オーヴァー』をリリース。ジェイコブがバンドを再始動させたぞ! と喜んだものの。確かその翌年、ジェイコブは今後、ウォールフラワーズを彼のソロ・プロジェクトとして継続していく旨、宣言した。“ウォールフラワーズはぼくだ。でも、もしソロ名義で何か音楽を発表したとしたら、それもぼくだ。最終的には、どちらも同じものだ”みたいな発言をしていたように記憶している。
で、2019年、話題の映画『エコー・イン・ザ・キャニオン』のサウンドトラックにソロ名義でがっつり関わって。いよいよ今年、2021年、『グラッド・オール・オーヴァー』以来9年ぶりとなるウォールフラワーズ名義の新作『イグジット・ウーンズ』が届けられた、と。そういう流れ。“exit wounds”って、銃創のこと? 撃たれて、銃弾が身体から出たあとにできる射出創。何かを赤裸々に吐露したあとの傷み、みたいな? またまた意味深なアルバム・タイトルだなぁ。
もちろん、宣言通り、ジェイコブのソロ・プロジェクトとしての1枚だ。もともとメンバーチェンジの多いバンドではあったけれど、それでも変わることなく在籍してきた長年のバンド仲間、ベースのグレッグ・リッチリングもキーボードのラミ・ジャフィも、もういない。ソロだとかバンドだとか、そんなことどっちでもいい、ボブ・ディランの息子と呼ばれようがかまわない、俺は自分がやりたい音楽に真っ向から対峙するのみ…みたいな、バンド活動休止中に強度を増したメンタルのたくましさを存分に味わえる仕上がりだ。
ブッチ・ウォーカーがプロデュース。『ブリンギング・ダウン…』が大当たりしたときに放っていたオルタナ臭、サブ・ジャンル臭はもはや皆無かも。オルタナ・カントリーではなく、ぼくのような世代の人間がかつて浴びるように聞いていた1970年代半ば〜1980年代初頭あたりのアメリカン・ロックそのものといった感触の音が、太く、豊かにアルバム全編を貫いている。
オープニング・トラック「メイビー・ユア・ハーツ・ノット・イン・イット・ノー・モア」から、ごきげん。アコースティック・ギターのカッティング、ルーズなスライド・ギター、そして重いスネアのフィル…。ブルージーな感触にいきなり気分が思いきりアガる。たぶん、君の心はもうそこにはないんだろうね…というタイトルもまたなんとも沁みるし。全コーラスとも、最後の1行にこの決めフレーズが置かれているフォーマットは、お父さんの作風と共通する何かが感じられるし。そして渋さと説得力をぐっと増したジェイコブのヴォーカル。ゲスト・ヴォーカルとして迎えられたシェルビー・リンもいい味を提供している。シェルビーさんは「ダーリン・ホールド・オン」という素敵に美しいバラードでもデュエットを披露。このあたりもソロ・プロジェクト化したことによる効能かも。
一方、「ルーツ・アンド・ウィングス」とか「ザ・ダイヴ・バー・イン・マイ・ハート」あたりの曲には、別の先達、ブルース・スプリングスティーンっぽいニュアンスも。「ルーツ・アンド・ウィングス」のほうで、重めのリズム隊の隙間でマンドリンがコード・カッティングし始める瞬間とか、やけに胸が高鳴る。今どきの音じゃねーよなぁ(笑)。その場に根を張る“ルーツ”とその場から飛び立つための“ウィング”、俺はそのふたつをお前に与えた…的な世界観もしびれる。
他にも、ギロの響きと軽やかなハモンドの音色が演出する南方風味がなんとなく往年のアメイジング・リズム・エイシズのムードを想起させる曲があったり、けっこう複雑な曲構成の下で柔軟かつ緻密なサウンド・メイキングを聞かせる曲があったり、ローリング・ストーンズ的なギター・リフまみれのロッカーがあったり、ダウン・ホーム感覚に満ちたバラードがあったり…。ジェイコブ・ディランのソロ・プロジェクトとしてのウォールフラワーズ第一弾は、なかなかの手応えを伝えてくれる1枚でありました。
ちなみに、ぼくは限定カラー・ヴァイナルを注文したんだけど、まだブツは届いてません。仕方なくストリーミングで聞いたり、ツアー・バンドの面々を引き連れてジミー・キンメルのレイト・ショーに出たときのビデオ見たり。でも、やっぱりアナログで聞きたい音。早く届かないかなぁ。くー…(涙)。