Disc Review

Songs for the Drunk and Broken Hearted (2CD Deluxe) / Passenger (Black Crow Records/Cooking Vinyl)

ソングズ・フォー・ザ・ドランク・アンド・ブロークン・ハーテッド/パッセンジャー

「レット・ハー・ゴー」の特大ヒットも、もう10年近く前になるのか…。

パッセンジャーことマイケル・デヴィッド・ローゼンバーグ。ご存じ、エド・シーランとの交流などでも知られる英ブライトン出身のシンガー・ソングライターだけれど。彼の新作、出ました。去年、パンデミックのさなかに届けられた『パッチワーク』に続く13作目のスタジオ・アルバム。

といっても、前作『パッチワーク』は新型コロナ禍のロックダウン中にカヴァー曲や別ヴァージョンなども含めて急遽制作され、ダウンロードあるいはストリーミングで公開されたデジタル・オンリーのアルバムで。実はそれより前から今回の『ソングズ・フォー・ザ・ドランク・アンド・ブロークン・ハーテッド』の制作は始まっていた。当初は2020年5月のリリースを目指して作業が進められていて、同じシチュエーションで撮られたと思しき先行トラック群の連作ビデオが3月ごろから少しずつYouTubeとかにアップされたりもした。けど、結局、パンデミックのため体制が整わずリリースは延期。

ただ、延期になったぶん、すでにレコーディングずみのトラックをあれこれ手直ししたり、新たに楽曲を書き下ろしたりしながら完成へ。当初の予定より半年以上遅れてついにリリースが実現した、と。そういう流れだ。『パッチワーク』でもオープニングを飾っていた「ソード・フロム・ザ・ストーン」の新ヴァージョンで幕開け。最低限のオーヴァーダブのみでシンプルに綴られた前作ヴァージョンとはまた違う、的確なバンド・サウンドで今回は構築されている。

ちなみに、今回もデラックス・エディションのほうには全収録曲のアコースティック・ギター弾き語りヴァージョンがボーナス的に追加収録されている。この辺のアコースティック・ヴァージョンもいくつか先行でYouTubeに載っていたので、ファンの方はご存じかと思うのだけれど。フィジカルだと、1曲目から10曲目まで、まずはバンド・アレンジ・ヴァージョンがディスク1に入っていて、ディスク2に曲順を逆にする形で各曲の弾き語りヴァージョンが並ぶ。ストリーミングだとそれが合体した形でずるっと20トラック。なもんで、アルバムのラストもまた「ソード・フロム・ザ・ストーン」。もちろん、それもまた前作とは違う、よりピュアなアコースティック・ヴァージョンで。

内容的にも、この曲、まさに今ぼくたちが置かれている現状を反映した作品なもんで、聞き手にしてみると、この曲の存在感がものすごく強く印象づけられるというか。愛する人と離ればなれに暮らすしかない日々、相手の様子をいろいろ思いやりながら、でもひとりじゃ何もできない、乗り越えられない…みたいな思いが綴られている。

“時が流れる/とてもゆっくり/ぼくはヨーヨーのように/上がったり下がったり…”

マイケル自身、この歌詞が年を越えてもなお、本人にとって、あるいは聞く者にとって、変わらずリアルに響き続けることになろうとは想像していなかったかも。そう思うと、さらに歌詞の一語一語が心にしみてくる。

寂しさ、孤独、失われた恋、そして別れ…。Songs for the Drunk and Broken Hearted…飲んだくれと、心破れし者のための歌。テーマとしては思いきり内向きなのだけれど、それらをいつものように1970年代半ば〜1980年代初頭っぽいポップさをたたえたメロディとサウンドに乗せて、でも、ほんのちょっと今様なアンビエントっぽい感触も加味しつつナチュラルに歌い綴ってくれていて。

やり場のない心情吐露に共鳴し、自分だけじゃないんだという思いの下、的確に構築された音世界に癒やされ、で、もう一度、視線を上げる、みたいな。そんな1枚か、と。Youtubeで再生回数28億回という「レット・ハー・ゴー」のようなキラー・トラックはないかもしれないけれど、いやいや、むしろそんなものなくてOK。素敵なアルバムです。

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