パレット・オン・ユア・フロア/ベッカ・スティーヴンス&イーラン・メーラー
新世代ジャズ・シーンの歌姫というか、インディ・フォーク・シーン〜チェンバー・ポップ・シーンにも絡みながら独自の佇まいで活動するシンガー/ソングライター/ギタリストというか…。
ベッカ・スティーヴンス。今年の3月、久々の新作アルバム『ワンダーブルーム』をリリースして、その流れでこの人も来日もしてくれる予定だったのに。ご存じの通り、新型コロナ禍で中止になってしまい。本当に残念だった。
ボブ・ディラン、ブライアン・ウィルソン、バート・バカラック、ビッグ・シーフ、ナショナル、ドゥラン・ジョーンズ、カート・エリング、五嶋みどりなどともども、今年は衝撃の来日中止/延期だらけで。仕方ないこととはいえ、がっかりさせられっぱなし。
けど、この散々な年の締めくくり時期になって、そんながっかり感をじんわり癒やしてくれる素敵なアルバムをベッカさんが届けてくれました。今回は、ニューヨークのジャズ・ピアニスト/プロデューサー/コンポーザーであるイーラン・メーラーのピアノ一本をバックに珠玉の7曲を歌い綴ったカヴァー集。メーラーがパリ在住の実業家、ジャン=クリストフ・モリソーとともに2016年に設立した Newvelle Records からのリリースだ。
ニューヴェル・レコード…という読みでいいのかな。ヌーヴェル〜Nouvelleとかけてるんだろうけど。発足当初は録り下ろしの新作をアナログLPのみで販売するマニアックなレーベルとしてスタートしたのだけれど、今回のベッカ・スティーヴンス&イーラン・メーラーのデュオ作はレーベル初のデジタル・リリース。そういう意味でも注目の1枚だ。ぼくはいつものバンドキャンプでデジタル・アルバムのロスレス・ヴァージョンをゲットしましたよー。
二人は2009年、メーラーのアルバム『ジ・アフター・スイート』で初共演して意気投合。アメリカやヨーロッパで一緒にコンサート・ツアーも行なっている。メーラーはベッカ・スティーヴンスの音域の広さや耳の良さに感服したそうだ。あれから10年ほどの歳月を経て、二人は再結集。ヴォーカルとピアノだけのコアなセッション作品を作り上げてくれた。ソングライターとしてもそれぞれ優れた才能を持つ二人ながら、前述の通り、今回はあえて全曲がカヴァー曲だ。
オープニング・チューンはギリアン・ウェルチ作の「エルヴィス・プレスリー・ブルース」。イーラン・メーラーは2007年のアルバム『スキーム・フォー・ソート』でもこの曲をインストとして取り上げていた。今回はもちろんベッカさんの歌入り。ちなみに2009年の『ジ・アフター・スイート』でもベッカさんのヴォーカルでギリアン作の「アイ・ドリーム・ア・ハイウェイ」をカヴァーしていたっけ。
で、最後を締めくくるのはアルバム・タイトルの元になった「メイク・ミー・ア・パレット・オン・ユア・フロア」。ヴァージニア・リストンやエセル・ウォーターズの録音でも知られる古いブルースだ。と、そんなふうにアルバムの冒頭とラストにオルタナ・カントリー〜フォーク〜ブルース系作品を配して。
この2曲に挟み込む形で、ジミー・ヴァン・ヒューゼン作の「バット・ビューティフル」、デューク・エリントン作の「アイ・エイント・ガット・ナッシング・バット・ザ・ブルース」と「ジャスト・スクイーズ・ミー」、ジョージ・ガーシュウィン作の「アワー・ラヴ・イズ・ヒア・トゥ・ステイ」、ピーター・デローズ作の「ディープ・パープル」…と、5曲のグレイト・アメリカン・ソングブック系スタンダード・ナンバーを並べている。
どの曲もほとんど最初のテイクか、2回目のテイクでOKになったという。二人ともおなじみのメロディをそれぞれのやり方で昇華し、柔軟かつ新鮮な解釈のもと、しかし原曲へのリスペクトをけっして忘れることなく、見事なデュエットを聴かせている。
どこかヴァーチャルな郷愁とほのかな緊張感とを絶妙に交錯させるベッカさんの歌心と、ビル・エヴァンスの現代的解釈とも言うべきイーラン・メーラーの静謐なピアノとのインタープレイ。今、この、なんとも複雑な空気感に揺れ動くばかりの年末年始を過ごすのに、もしかしたら本作、格好のBGMになってくれそうな気も。