Disc Review

Mr. Bojangles: The Atco/Elektra Years / Jerry Jeff Walker (Morello/Cherry Red)

ミスター・ボージャングルス:アトコ〜エレクトラ・イヤーズ/ジェリー・ジェフ・ウォーカー

今のように海外の音楽シーンの動向がほぼリアルタイムに伝わってくる時代からは想像もつかないことかもしれないけれど。かつて1960年代から70年代、日本で洋楽を愛好するファンにとって情報は本当に限られていた。最新インフォが3ヶ月遅れ、なんてことも当たり前。まだ輸入盤も気軽に買えない時代だっただけに、日本のレコード会社が国内発売してくれる新譜がすべてだったし。

そういう限られた情報の中で、でも、日本にさまざまな形で最新の洋楽情報をもたらしてくれた頼もしい存在がいて。たとえば1960年代半ばのベンチャーズ。彼らが抜群のテクニックと鋭いアンテナによって古今の名曲をカヴァーしまくってくれたおかげで、エヴァリー・ブラザーズとか、ロイ・オービソンとか、ゾンビーズとか、シャンテイズとか、チャンプスとか、デュアン・エディとか、そういう英米の多彩なロックンロール・アクトをぼくたちは知ることができたわけだけれど。

それと同じような役割を1970年代アタマに果たしてくれた存在として、ぼくにとって忘れられないバンドがニッティ・グリッティ・ダート・バンド。特に彼らが1970年にリリースした4作目のアルバム『アンクル・チャーリーと愛犬テディ(Uncle Charlie and His Dog Teddy)』はごきげんで。聞きまくったものだ。西海岸フォークの要素とカントリー、ブルース、ロックンロールなどを見事に融合した独自のコンテンポラリー・カントリー・ロック・サウンドが、まじ痛快だった。

1972年には初来日公演もあって。当時、高校生だったぼくはバイトしまくってチケット代を捻出。東京公演に何度も通ったなぁ。

この人たち、もちろんメンバーが書き下ろしたオリジナル曲も演奏するのだけれど、それだけでなく、伝統的なフォーク・ソングとか、ブルーグラスやカントリーの名曲とか、ロックンロール・スタンダードとか、さらにはコンテンポラリーなシンガー・ソングライターたちの楽曲とかを分け隔てなくカヴァーしまくってくれていて。

おかげでぼくは、ロイ・エイカフ、ドク・ワトソン、バディ・ホリー、ランディ・ニューマン、マイク・ネスミス、ケニー・ロギンス、ジャクソン・ブラウン、ケニー・オデル、エディ・ヒントン、マイケル・マーティン・マーフィーなど多くの素晴らしいアーティストの存在を知ることになったのでした。まじ、ベンチャーズと並ぶ恩人です。

で、そんなふうにしてニッティ・グリッティ・ダート・バンドを通して知ることになった偉大なシンガー・ソングライターのひとりが、ジェリー・ジェフ・ウォーカーだった。前述のアルバム『アンクル・チャーリー…』というアルバムからシングル・カットされ大ヒットを記録した名曲「ミスター・ボージャングルス」を作った人。

この曲はニッティ・グリッティだけでなく、ハリー・ニルソン、ボブ・ディラン、サミー・デイヴィス・ジュニア、ハリー・ベラフォンテ、ニーナ・シモンなどジャンルを超えて多くのアーティストがカヴァーしているので日本でもすっかりおなじみだろう。桑田佳祐もライヴで歌っていたっけ。年老いた酔いどれダンサーの姿がシンプルで素朴なメロディに乗って描かれる感動的な1曲で。ジェリー・ジェフが若き日、ちょっとした諍いから入ることになった留置場で出会った老ボードビリアンの身の上話をヒントに書いたものだとか。

と、そんな経緯でジェリー・ジェフ・ウォーカーという存在を知って。まあ、1970年代初頭にはまだジェリー・ジェフ自身のアルバムはなかなか日本では入手しづらかったものの、1970年代半ばにかけて新作の国内盤が出たり、名盤発掘企画などによって再発盤が出たり、なんとか数作を聞くことができるようになって、ぼくもようやくその渋く、深く、かけがえのない世界観にハマるようになっていったのでありました。

ジェリー・ジェフはご存じの通り、今年の10月23日、78歳で他界。またひとり、偉大な才能が悲しい旅立ちの日を迎えたのだけれど。実は訃報が届く前から、近ごろ意欲的な再発を続けている英チェリー・レッド傘下のモレロ・レコードがジェリー・ジェフの作品集のリリースを予告していて。個人的にも楽しみにしていたのだけれど。それがこのほど、訃報を間に挟んでようやく世に出ることになった。悲しいような、うれしいような…。

タイトル通り、1968年から1979年までの間に彼がアトコ・レコードおよびエレクトラ・レコードからリリースした5作のアルバムをスリップケースに収めたCD5枚組ボックスセットだ。収められているのはアトコ・レコードから出た『ミスター・ボージャングルス』(1968年)、『ファイヴ・イヤーズ・ゴーン』(1970年)、『ビーイン・フリー』(1970年)、そしてエレクトラ/アサイラムから出た『ジェリー・ジェフ』(1978年)、『トゥー・オールド・トゥ・チェンジ』(1979年)という5作。

まあ、アトコ時代の3作をまとめたボックスとかが出ていたこともあるし、エレクトラ・セッションをまとめたコンピもあったし。特に目新しいボックスというわけではない。さらにこの人、アトコ時代とエレクトラ時代の間、1972〜78年にMCAレコードから7作出しているので、本ボックスのCD3からCD4へ、いきなり時代が飛ぶ感じもなくはない。サウンドのアプローチも一気に変わるし。そのあたりの構成、微妙に乱暴ではあるのだけれど。

でも、それがある意味この人の両面というか。ボス・サイズというか。

この人、1942年、ニューヨーク生まれで。まず地元のグリニッチ・ヴィレッジでフォーク・シンガーとして活動を開始。デヴィッド・ブロムバーグらの助けを借りつつ静かな名盤をいくつか生み出した後、本拠をテキサス州オースティンへ移し、ガイ・クラークやウィリー・ネルソンらとともにアウトロー・カントリーの世界を深め、多くの後輩ソングライターを育てることに貢献することになったわけで。そんなニューヨーク時代とオースティン時代とを詰め込んだ5枚組と考えれば、これはこれでOKっぽい。

訃報を受けて、ジェリー・ジェフ・ウォーカーという素晴らしいシンガー・ソングライターの素朴でナチュラルな歌声の数々を味わい直すとっかかりとしては最高のセットかも、です。

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