Disc Review

songs and instrumentals / Adrianne Lenker (4AD)

ソングズ・アンド・インストゥルメンタルズ/エイドリアン・レンカー

コロナウイルス禍でいろいろな海外アーティストの来日公演が軒並み中止になってしまって。みなさん、そうだったと思うけれど、中止なり延期なりの知らせが届くたび、いちいちがっかりし続けて。その繰り返しだけで、もう、実際ライヴに行った以上に疲れちゃったものです(笑)。

そんな中、個人的にもっともがっかり度が高かったのが5月に予定されていたビッグ・シーフ来日公演延期の報。まあ、中止ではなく延期なので。来年3月の振替公演を楽しみに、チケットの払い戻しはせず、今度こそ来日が実現するよう静かに祈るばかり。

でも、まだわからないもんなぁ…。来年3月。微妙だ。オリンピックだって危なそうなんだから。来日アーティストによるスタンディングのロック・コンサートなんて許されるんだろうか。いろいろ思いを巡らすだけでいやになっちゃう。

まあ、一寸先は闇。どうなるかは実際、来年になってみないとわからないけれど。ぼくたちとはまた違ったベクトルの下、たぶんビッグ・シーフのメンバーたちも彼らなりに大いにがっかりしているはず。去年、『U.F.O.F.』と『トゥー・ハンズ』という手応えたっぷりのアルバムを2作立て続けにリリースして。それを引っさげて、満を持してのワールド・ツアーだったはずなのに。それが中断させられてしまったわけで。いろんな意味で折れちゃったんじゃないかと、シロート考えでは思う。

が、しかし。バンドのフロントウーマン、エイドリアン・レンカーは全然折れちゃいなかった。あ、いや、もちろん折れはしたと思うけれど、折れっぱなしでは終わらなかった。ワールド・ツアーの中断〜延期が決定した3月初旬、彼女はパンデミックの混乱を避けるようにニューヨークからマサチューセッツ西部の山小屋へ一時的に移住。こんな機会でもなければ取り組まなかったかもしれないプロジェクトに取りかかったのだった。

それは、バンドの一員としてではなく、一人のシンガー・ソングライターとしての自分を、ありのまま、素直に、アナログ・テープレコーダーに記録するという作業。友人のレコーディング・エンジニア、フィリップ・ワインローブが山小屋にハーフ・インチのテープレコーダーや8トラックのマルチ・レコーダー、バイノーラル・マイクなどアナログな機材をどかっと持ち込んで、2週間かけてセッティング。その後、3週間かけてレコーディング。録音されたのは、自ら奏でるアコースティック・ギターと、声と、最低限のオーヴァーダブのみ。雑にテープがスタートしていたり、いったん止められたり、山小屋周辺の環境音が入り込んでいたり、エイドリアンが座っている椅子がギシギシいったり、足がどこかにぶつかっていたり。ナチュラルなことこの上なし。曲によってはワインローブの携帯オーディオ・プレイヤーに直接録音されたものも。

こうして2018年の『アビスキス』以来のソロ・アルバムが急遽完成した。2枚のアルバムが対になっていて。『ソングズ』のほうが歌もの11曲入り。『インストゥルメンタルズ』のほうがその名の通り、長尺なインスト曲2曲入り。なんでもエイドリアンは朝と晩、一日の始まりと終わりにアコースティック・ギターで即興演奏を続けていたそうで。『インストゥルメンタルズ』のほうは、そこで録音された素材をもとにアンビエントっぽいアプローチでコラージュしたものだ。

ストリーミングは『ソングズ』と『インストゥルメンタルズ』、それぞれ別作品として扱われている。CDとアナログLPは2枚組。このアルバムの場合、流れをいちばん自然に体感できるのはアナログ盤かも。まずサイドA。アコースティック・ギター弾き語りとはいえ、ちょっとだけオーヴァーダブがほどこされた、それなりに緻密に仕上げられた曲たちが続いて。サイドBにひっくり返すと、自然音とかも曲の構成要素として巧みに、あるいは偶然にかもしれないけれど、うまいこと取り込んだより簡素な音像に変化していって。インスト曲がそれぞれ片面1曲ずつ収められたサイドCとDでは徐々に徐々に静寂へと向かっていって…。

ビッグ・シーフとは違うアプローチの下、きわめてパーソナルな形で静かに綴られている喪失感、孤独感、様々な記憶、後悔、そして自立への思い…。テーマは同じかもしれないけれど、構築される世界観がまるで違う。素晴らしいソングライターだなと改めて思う。

歌声に若干の歪みが乗っかったりしている部分もあるものの、それも含めて実にナチュラルかつオーガニックな1枚。日本盤には1曲ボーナスが追加されているみたい。日本でこの歌声に接することができる日常が一日も早くやってきてくれることを心から願っています。

テイラー・スウィフト、ブルース・スプリングスティーンらを筆頭に、多くのアーティストがこのパンデミック期、否応なく自身と向き合わざるを得なかった中、それぞれのやり方で素晴らしい新作アルバムをぼくたちに届けてくれている。そこにまたひとつ、素敵な1作が加わった感じ。次はポール・マッカートニーだな…。

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