ロスト・ソングズ・オヴ・ドク・スーション/スクォーレル・ナット・ジッパーズ
ドクター・エドモンド・スーション。不勉強で申し訳ないけれど。この人のこと、ぼくはまるで知らなかった。
“ドク”スーション。1897年生まれのギタリスト/シンガーで。ニューオーリンズ・ジャズのルーツなり全盛期の熱気なりを守り続けていこうという姿勢の下、1920年代以降、1968年に亡くなるまで意識的な活動を続けた人らしい。
フォークロリストというか、民俗学者というか、そういう視点も持っていて、1942年に国立ジャズ財団の設立を支援。約10年後にはニューオーリンズジャズ博物館を設立したのだとか。ニューオーリンズ公立図書館には彼が収集したニューオーリンズ・ジャズ関連の貴重なレコードがおよそ2000曲遺贈されているそうだ。
1960年代に至るまで、だいぶ年齢を重ねてからもさまざまなストリング・バンド系ナンバーを自らレコーディングしたりしていたとのこと。ジョニー・ウィッグス、パパ・ジャック・レイン、レイモンド・バーク、ポール・バーバリンら、ニューオーリンズ・ジャズの大物たちとの録音も多いようだ。
いやいや。「らしい」とか、「だとか」とか、「そうだ」とか、「とのこと」とか、「ようだ」とか、伝聞ばっかですが(笑)。知らないもんで。すんません。英語版のウィキペディアはあるので、興味のある方はそちらをチェックしてみてください。ぼくは思いきり興味を惹かれたし、どうやらサブスクのストリーミングでもそこそこ音源を聞くことができそうな気配なので、これからいろいろ掘ってみますが。
スクォーレル・ナット・ジッパーズの中心メンバー、ジムボー・マサスは去年の春、2カ月ほどニューオーリンズに滞在。地元のミュージシャンとオールド・タイミーなニューオーリンズ音楽をパフォームすることに没頭していた。そのときドク・スーションの存在が気になり始め、スーション関連のレコードを集めまくるようになったのだとか。で、どこかオブスキュアなスーションの音楽に大いにインスパイアされ、ジッパーズの新作へのアイディアを徐々に固めていった、と。そういう流れらしい。
というわけで、スクォーレル・ナット・ジッパーズの新作。まだ実際にドク・スーションの音源をじっくりちゃんと聞いたことがないので、よくはわからないけれど。たぶん、スーションがレパートリーに取り入れていた楽曲のカヴァーを中心に構成された1枚のようだ。
オープニングを飾る「アニミュール・ボール」は、ジェリー・ロール・モートンが「アニミュール・ダンス」というタイトルでピアノ弾き語りしていた曲を、ドク・スーションが「アニミュールズ・ボール」としてギター弾き語りで受け継いだ録音を元に、デューク・エリントンっぽいニュアンスなども盛り込みながらジッパーズらしく再構築したヴァージョンって感じ。まだ“にわか”なのであやふやですが(笑)。
ただ、2曲目からは早くもジッパーズの独自路線に突入しちゃって。フランキー・ヴァリでおなじみ「君の瞳に恋してる(Can’t Take My Eyes Off You)」をマイナー調のタンゴ・アレンジで聞かせるヴァージョンがあって。そのあと3曲はジムボー・マサスがドク・スーションの音楽に触発されて書き下ろしたオリジナルが続く。まあ、このパートもジッパーズなりにドク・スーションの功績を精神的に受け継いだものということなんだろう。
で、以降は、フレッド・レインの「アイ・トーク・トゥ・マイ・ヘアカット」、クレズマー音楽版ジャム・セッションって感じの「プーリーム・ナイグラム」、ニューオーリンズ・ウィリー・ジャクソンの「クッキー」、レオ・ライズマンの、というか、ぼくはアネット・ハンショーのヴァージョンがいちばん好きな、というか、普通はバーブラ・ストライサンドでおなじみの「ハッピー・デイズ・アー・ヒア・アゲイン」、そしてフォスター作の「夏を待ちくたびれて(Summer Longings)」。
まだいろいろ背景を勉強しないとわからないことも多いけれど、そんなこと関係なく、とにかく聞いていてうきうき楽しく盛り上がる仕上がり。グッド・オールド・タイミーでありつつ、でも、どこかヤバめで、時空がぐわっと歪んでいる感じもあって。ああ、スクォーレル・ナット・ジッパーズだなぁ、と。そんな幸せを噛みしめることができる1枚だ。
個人的にはジムボー・マサス作のトーチ・ソング「ミスター・ワンダフル」が大いに気に入っております。