Disc Review

Herb Alpert is... / Herb Alpert (Herb Alpert Presents)

ハーブ・アルパート・イズ…/ハーブ・アルパート

1960年代、どんなアーティストよりもたくさんのインストゥルメンタル・レコードをアメリカで売り上げた男。それがハーブ・アルパートだ。

ご存じ、アメリカ音楽シーンの重鎮トランぺッターであり有能なプロデューサーであるアルパート。彼の最強の黄金時代は1965年から1967年にかけてのことだ。この時代の英米ポップ・シーンを今の視点で振り返ると、まず思い浮かぶのが、たとえばビートルズの『ラバーソウル』であり、ビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』であり、ドアーズのファースト・アルバムであり…。フォーク・ロック、サイケデリック・ロック、フラワー・ジェネレーション、ヒッピー、アシッド・カルチャーの時代。

でも、ちょっと視点を変えて当時の全米チャートを眺めてみると、様子が変わってくる。ハーブ・アルパートは1964年10月、“ハーブ・アルパート&ザ・ティファナ・ブラス”という架空のバンド名義でアルバム『国境の南(South of the Border)』をリリースしているのだが。このアルバムは翌1965年1月に全米チャート入り。以降、最高6位まで上昇し、最終的に163週にわたってランクし続ける特大ヒット・アルバムとなった。

1965年4月に出た『ホイップト・クリーム(Whipped Cream & Other Delights)』と、同年10月の『ゴーイング・プレイシズ』の2作はともに全米1位を獲得。その勢いに乗って、1963年12月に初リリースされた当初はチャートインもしなかった『セカンド・アルバム(Volume 2)』もまた売れ始め、1966年に全米17位まで上昇。

1966年5月リリースの『そして今は(What Now My Love)』も見事全米1位に。同年11月の『S.R.O.』も全米2位。さらに1962年12月にリリースされたティファナ・ブラスのデビュー盤『悲しき闘牛(The Lonely Bull)』も、この時点でまだチャートに居座り続けており…。と、この時期、ハーブ・アルパートはとんでもない栄華をきわめていたわけだ。

ご存じの通り、この時期、アルパートが世に送り出していたのは、メキシコのマリアッチ音楽とアメリカのポップ・センスとを絶妙なバランスで融合した“アメリアッチ”ミュージック。アルパート独自の多重録音によるライトなトランペット・サウンドで、おなじみのスタンダードから、コンテンポラリーなヒット曲、メキシコ風味をたっぷりたたえたオリジナル曲まで、すべてをさらりと、マイルドに聞かせたMOR〜ミドル・オヴ・ザ・ロード・ポップスで人気を博した。

イージーリスニングっちゃイージーリスニング。でも、イージーリスニング上等! 何が悪い? このアクのない、鉄壁の中道派音楽は、特にロックとかサイケとかアシッドとかに興味のない、当時の“普通の”アメリカ人たちの間で圧倒的な人気を誇ったのだった。そして、この志向性こそ、アルパートが盟友ジェリー・モスとともにお金を出し合って設立したインディペンデントなレコード・レーベル“A&M”独自のサウンド・カラーだった。

A&Mからはティファナ・ブラスの他にも、ジョルジュ・ベンやビートルズの楽曲を素材に当時の先進サウンド“ボサノヴァ”でセンスよくリメイクしたセルジオ・メンデス&ブラジル66、ビートを強調したボッサ・ジャズふうの軽快なサウンドに乗せてスタンダード曲をささやくように歌ったクリス・モンテス、メキシコ風味を漂わせたソフトなコーラスで売ったサンドパイパーズ、ティファナ・ブラスのトランペットをマリンバに置き換えたようなバハ・マリンバ・バンド、あどけないささやきヴォーカルが魅力的なフランス娘、クロディーヌ・ロンジェなどが次々デビュー。まさにあの手この手の中道派折衷ミュージックで大当たりをとった。この流れがやがてカーペンターズへと受け継がれピークを極めることになるわけだけれど。

こうした、ある種匿名性の強い、ちょっぴりエキゾチックな究極のMOR路線が、ヴェトナム戦争の恐怖や数々の暗殺劇と暴動が渦巻く当時のアメリカ社会にとって格好の逃げ場となったのかもしれない。1960年代いっぱい、アルパートとA&Mは独自のサウンド・カラーを維持しながら次々とヒット・レコードを生み出していった。

と、そんなハーブ・アルパートの人生とキャリアにスポットを当てたドキュメンタリー映画『ハーブ・アルパート・イズ…』が10月2日、全米で公開された。もともとは5月ごろ公開の予定だったらしいが、これまた新型コロナウイルス禍によって延期。この時期の公開となったという。監督は『チェイシング・トレーン〜ザ・ジョン・コルトレーン・ドキュメンタリー』や『アメリカVSジョン・レノン』で知られるジョン・シャインフェルド。

スティングとかキャロル・キングとかクインシー・ジョーンズとか、A&Mレコードに在籍したアーティストたちのコメントとかもたくさん含まれているようで。むちゃくちゃ興味をそそられる映画ながら、さすがにブツがぼくごときの手元にあるわけもなく、もちろん未見。ただ、その映画に合わせて10月2日にリリースされたボックスセットのほうは、日本でも入手可能。

なので、しばらくはこれ聞きながら映画に向けて胸ときめかせます。1962年のデビュー曲「悲しき闘牛」から、2019年のアルバム『オーヴァー・ザ・レインボウ』の収録曲まで、全63曲。全キャリアを一気に総まくりしたボックスセットだ。CDエディションは3枚組。180グラム重量ヴァイナル・エディションはアナログLP5枚組。180ページのブックレット付き。ストリーミングにはもちろんブックレットは付いていないけれど、曲はすべて聞くことができるので、ぜひお気軽に。ディスクの区切り方はヴァイナルに則した仕様になっている。

アナログの分け方で書くと、LP1が1962〜1966年、LP2が1966〜1971年、LP3が1971〜1982年、LP4が1982〜1996年、LP5が1999〜2019年の音源集。なので、もちろん1978年のヒュー・マセケラとの共演曲とか、1979年の特大フュージョン・ヒット「ライズ」とか、ジャネット・ジャクソンらをゲスト・ヴォーカルに迎えた1989年の「ダイアモンズ」とか、グラミーに輝いた2013年の『ステッピン・アウト』からの曲とか、2016年のアルバム『ヒューマン・ネイチャー』の表題曲とか、1970年代以降の傑作曲もあれこれ入っている。そして、そこにはデビュー以来まったく変わらないアルパートならではの豊かなMOR感覚がきっちり流れ続けている、と。そんな事実もよくわかる。

けど、やはりすごいのは前述した1960年代の諸作かな。個人的な思い入れが強いせいもあるかと思うけれど、あの時期のアルパートの無敵感はとてつもないと思う。

ハル・ブレインによる強力な三連スネア・ドラム・フィルでおなじみ「蜜の味(Taste of Honey)」とか、懐かしのオールナイトニッポンのテーマ曲「ビター・スウィート・サンバ」とか、「スパニッシュ・フリー」とか、「カジノ・ロワイヤル」とか、アルパートの渋いヴォーカルが光る全米ナンバーワン・ヒット「ジス・ガイ(This Guy’s in Love with You)」とか、やっぱ最高です。ただし、日本では大当たりした「マルタ島の砂(The Maltese Melody)」は全米チャートでは今ひとつ地味な戦績しか残せなかったこともあり、今回は入ってません。そこは残念かも…。

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