ザ・ダート・アンド・ザ・スターズ/メアリー・チェイピン・カーペンター
たぶん大方の人と同じだと思うのだけれど、ぼくはケイジャン風味が炸裂する1990年のヒット「ダウン・アット・ザ・ツイスト・アンド・シャウト」でこの人の存在を知った。その後、グラミーとかにも輝いた1994年の『ストーンズ・イン・ザ・ロード』にハマって。以来、つかず離れず30年…という感じ。確かぼくよりも二つくらい年下で。そういう意味でも同世代のストーリーテラーとして、なんとなく気になる存在であり続けてきた。
当時はもちろん、ニュー・カントリーの歌姫、みたいな感じで紹介されていたわけだけれど。カントリーの美学だけにとどまらない、フォーク・ロックというかルーツ・ロックというか、そういったニュアンスも強くたたえた柔軟なシンガー・ソングライターという佇まいがかっこよかった。曲によってはブルース・スプリングスティーンみたいな感触もあったし、デビュー盤でもいきなりトム・ウェイツをカヴァーしたりしていたし。
1999年の半分ベスト『パーティ・ドール・アンド・アザー・フェイヴァリッツ』とか、けっこうよく聞いたなぁ。ちょうど先日も本ブログで話題にしたCRT〜カントリー・ロッキン・トラスト監修による“カントリー・ロックの逆襲”シリーズとかをコンパイルしていた時期だったこともあるのだけれど。ここに「ダウン・アット…」のスーパー・ボウル・ハーフ・タイム・ショーでのパフォーマンスとかも入っていて。米国における彼女の存在のでかさみたいなものを再確認したものだ。ジョン・レノンへのトリビュート・アルバムで披露していた「グロウ・オールド・ウィズ・ミー」のカヴァーも再収録されていて。オリジナル・デモに忠実なパフォーマンスが泣けた。
と、そんなメアリー・チェイピン・カーペンター。新作、出ました。前作、2018年の『サムタイムズ・ジャスト・ザ・スカイ』は新曲が1曲のみ。残る12曲は過去の作品の再録音ものだった。ということで、全編新曲ばかりの新作としては2016年の『ザ・シングズ・ザット・ウィー・アー・メイド・オヴ』以来4年ぶりということになる。先述したような半分ベスト盤とかもあるので数え方がむずかしいのだけれど、いちおうオリジナル・アルバムとしては16作目ということでいいのかな。
プロデュースは引き続きイーサン・ジョンズ。レコーディングは英国バースにあるピーター・ゲイブリエルのリアル・ワールド・スタジオで。ほぼライヴっぽい一発録りで制作されたようで、実にナチュラルな音像とリアルな歌声が楽しめる。曲作りは新型コロナウイルスのパンデミックが巻き起こる以前、人里離れたヴァージニアにある彼女のファームハウスで行なわれたとのことだけれど、なぜだろう、誰もがとてつもない不安にストレスを感じながら日々を過ごすしかない今の心にこそ浸み入ってくる曲が多いような気も…。
マルチ楽器奏者でもあるイーサン・ジョンズをはじめ、キーボードのマット・ローリングズ、ドラムのジェレミー・ステイシー、そしてメアリー・チェイピンさんとは長いつき合いになるギターのデューク・レヴィンらがバックアップ。
年齢の積み重ね、人生の変化、政治家の愚行、#MeToo、傷心、憐憫、共感、記憶…。さまざまなテーマを楽曲に託しながら、メアリー・チェイピン・カーペンターが静かに、しかし確かな足取りでたどる物語。個人的にはきわめてシンプルながら、それゆえに深い音像に包まれた「オール・ブロークン・ハーツ・ブレイク・ディファレントリー」がお気に入り。音の隙間をさりげなく舞うギターとシンセサイザーが素晴らしい。ハートブレイク、心が壊れるといっても、その壊れ方はひとつひとつ違うのよ…というテーマもぐっとくる。
“悲しくたってOK。寂しくても大丈夫。お天気みたいなもの。今日は気分がいいけど、明日のことなんか誰にもわからない”と、ライトに、率直に、聞き手に歌いかけてくる「イッツ・OK・トゥ・ビー・サッド」もいい。17歳のころ、夏の夜、どこに行くかも決めずに乗っていた車のカー・ラジオから流れてきたローリング・ストーンズの「ワイルド・ホーシズ」に、これからの人生で経験するであろうすべてが歌われていた気がする…と綴られるラスト・チューン「ビトウィーン・ザ・ダート・アンド・ザ・スターズ」にもしびれた。デューク・レヴィンのギター・ソロもやばい。