ラヴ・ライフ/トーニー・エリス
トーニー・エリスというシンガー・ソングライターの存在を知ったのは5年くらい前。彼女がマッスル・ショールズのFAMEスタジオでレコーディングした4曲入りEP『ゴースツ・オヴ・ザ・ロウ・カントリー』をリリースしたときのことだ。確か『ノー・デプレッション』誌か何かのレビューで興味を持って、聞いてみることにしたんだっけ。
そこそこ手応えのあるカントリー・ソウル盤で。2曲がオリジナル、パッツィ・クラインの「ウォーキン・アフター・ミッドナイト」など残り2曲がカヴァー。旦那さまであり、ジャック・ジョンソン、エヴァーラスト、ブラック・アイド・ピーズあたりとも仕事してきているらしきミュージシャンのジオ・ローリアと、まだ存命中だったFAMEのリック・ホール御大とがプロデュース・クレジットを分け合っていた1枚だった。
音のほうも、ソングライターとしての資質とかも、それなりに印象に残ったけれど、いちばん印象的だったのは彼女の声だ。1970年代カントリー・ロックやシンガー・ソングライター・サウンドが大好きなぼくのようなリスナーにとっては、かなりぐっとくるマジカルな歌声。
ただ、それ以上は深く突っ込んで聞かずじまい。そのEP以外にもけっこうたくさんアルバムとかEPとか出していて。それなりに有名な人なのかなとも思ったものの。すみません。勉強不足で。ぼくはいまだにこの人の素性とか、あまりよくわかっていません。ジョージア州サヴァナ生まれで、子供のころから全米各地を転々としつつ暮らして、やがて南カリフォルニアに落ち着いて、そこで旦那さまになるジオ・ローリアと出会い、二人三脚で音楽活動を続けて…。
そんなトーニー・エリスの新作フル・アルバムが出た。相変わらずいい声してるなぁ、というのが第一印象。ただ、アルバム・ジャケットがいつも、こう、なんというか、ね。そっち方面に展開しがちみたいで。いや、それは大丈夫ですから…とか、思わず言いたくなったりも(笑)。まあ、その辺は人それぞれ。いろいろな思いとか狙いとかがあるのでしょう。
以前聞いたEPでもトーニーさんはラップ・スティールを演奏したりしていて。その楽器のチョイスぶりがやけに興味深かった。今回も「ノー・モア」という曲で自らラップ・スティールを弾いているようだけれど。なんでも彼女、最近メイン楽器にしているのは“オムニコード”らしい。驚いた。ダニエル・ラノワが使っていたことでもおなじみ、日本の鈴木楽器が製作したユルふわ系の電子楽器。それをラノワから借りて使ってみたところ、なにやらばっちりハマってしまった、と。で、本作の収録曲ほとんどをこの不思議な楽器を弾きながら書いたとのことだ。レコーディングでも「ラヴ・ライフ」と「ムーンシャイン」、2曲でそいつを使っている。
アルバムのプロデュースは、スーパー・トランプのボブ・シーベンバーグの息子さんで、ケニー・ロギンス、ルーカス・ネルソン、リッシーらと仕事してきているジェシー・シーベンバーグと、シューター・ジェニングズやネイト・スミスも手がけてきたテッド・ラッセル・ケンプ、そしてもちろんジオ・ローリアという3人。
ボブ・ディランのローリング・サンダー・レヴューで妖艶なジプシー・ヴァイオリンを聞かせていたスカーレット・リヴェラも参加している。スカーレット・リヴェラとは親しい友人で、コンサートでも一緒にやっている。YouTube見ていたら共演でディランの「コーヒーもう一杯」をカヴァーしている映像とかもあった。スカーレットさんはトパンガ・キャニオンに住んでいるそうで、2018年のカリフォルニアの大火事のとき、かなりやばい状況に置かれていたらしく。そのとき二人はお互い密に連絡を取り合いながらスカーレットさんの無事を確認していたとのこと。で、そのときの思いを曲にした「パワーズ・ザット・ビー」に、今回スカーレットさんがゲスト参加した、と。
ボブ・クリアマウンテンが3曲ほどをミックス。ドン・ウォズも関わっている。ダニエル・ラノワ、スカーレット・リヴェラ、ボブ・クリアマウンテン、ドン・ウォズ…。なんかトーニーさんの人脈、やばいです。
基本、自作曲。単独で、あるいはプロデューサー陣との共作での書き下ろしだ。トーニーがティーンエイジャーだったころに自殺した父親への思いを綴った曲とかもあって、憂鬱な感触も漂ってはいるのだけれど。しかし、幼いころからあちこちを旅しながら暮らす中で身につけたのであろうポジティヴさのようなものが最終的にはどの曲をも貫いていて。それがこの人の持ち味であり、魅力なのかも。
で、今回はラスト1曲だけがカヴァー。なんとスティーリー・ダンのファースト・アルバムから「ダーティ・ワークス」を取り上げて、ぐっとシンガー・ソングライターっぽく聞かせている。