スキミング/ザ・ジャズ・ディフェンダーズ
以前も書いたことがあったかもしれないが、1980年代初頭、ぼくはサラリーマン編集者としての生活に区切りをつけて会社をやめ、音楽関係の原稿を書くようになった。初めてレギュラーで執筆するようになったのはとあるジャズ雑誌。そこで、当時のジャズ評論の重鎮のお方と僭越ながら対談をさせていただいたことなどもあったっけ。
その際、ぼくは1950年代のファンキー・ジャズをR&Bインストの一環ととらえて踊りながら聞くとか、そういうのも楽しいですよね、と発言して、重鎮さんから鼻で笑われたものだ。そういうことを大声で言うもんじゃない、恥ずかしい、と諫められた。
40年近く前だ。大昔の話。おっかなそうなクロートさんがやけに難しく、ありがたそうにジャズを解説しつつ、“鑑賞”するみたいな風潮がまだ幅をきかせていたころ。今にして思えば、そんな時代もあったのだなぁ、と遠い目になる。あのころに戻りたいとかは絶対に思わないけれど、懐かしいことは懐かしい。ずいぶんとジャズの聞き方も自由になった。よかった。
なので、ぼくにとってのダンモ、つまりモダン・ジャズの理想的なフォーマットというのは、そういうものなのだ。1950〜60年代、ファンキー・ジャズなどと呼ばれて日本でも大いにブームを呼んだものも含むハード・バップ。特にアルフレッド・ライオンが設立した名門レーベル、ブルーノートに当時残された名盤の数々。ホレス・シルヴァー、アート・ブレイキー、リー・モーガン、ドナルド・バード、ハービー・ハンコック、ルー・ドナルドソン、ジャッキー・マクリーン、ハンク・モブレー、ソニー・クラーク、ジミー・スミス、ウォルター・デイヴィス・ジュニア…。
と、そんなジャズ・ファンであるぼくに、なにやらとてつもない共感を抱かせてくれるグループが英国から登場した。それがザ・ジャズ・ディフェンダーズ。ジャズの擁護者? 守り人? 防衛隊? なかなかのバンド名だ。中心メンバーはロックのU2からクラシックのナイジェル・ケネディまでバックアップしてきたという 31歳のピアニスト、ジョージ・クーパー。彼が仲間のセッション・ミュージシャンたちを集めて、ジャズ・ディフェンダーズの名の下、録音したものらしい。
アルバムに収録された10曲全てがクーパーのオリジナル。どれも“あのころ”の空気感をたたえたクールでファンキーなハード・バップばかりだ。ホットな感じがちょっと足りなくて、どこかお行儀がよすぎるかなとも思うけれど、それでもこれが新作としてリリースされたアルバムなのだと思うと、なんだか頬が緩む。録音は2016年。ストリーミングでのリリースが去年の12月。CDが出るのは今月末だとか。出るまで3年以上かかってしまっている。事情はわからないものの、ある種の趣味性の高さがハードルになったのかも。でも、そんなゴタゴタをすべて吹き飛ばすくらいごきげんに楽しいジャズの雨あられ。
昭和のジャズ喫茶を想起させるマイナー調ハード・バップ「トップ・ダウン・トゥーリズム」、初期ハンコックというかドナルド・バードというか、そういう感じのスウィンギーなブルース・チューン「エヴリバディーズ・ガット・サムシング」、オルガンをフィーチャーしたジャズ・ロック「スキミング」、ラテン・グルーヴを取り入れた「レイト」や「コスタ・デル・ロル」、2管ホーンをフロントに立てた典型的ハード・バップ「ホークアイ・ホルヘ」、バラード「ロージー・カリマ」など。
音色のほうも、ブルーノート・ジャズの個性を際立たせたエンジニア、ルディ・ヴァン・ゲルダーの伝統にのっとった感じで、ほんと楽しい。基本、何の文句もない1枚なのだけれど。
ただ、さっきも言ったように、ホットな感触が薄いというか。やっぱりもうちょっと“攻め”にも転じてもらいたい瞬間があったりするのも事実。ディフェンダーズとはいえ、ディフェンスばかりじゃなく、オフェンスも、というか。攻撃は最大の防御なりってことで。身勝手なファンのよくばりな要望としてそこだけ記しておこうかな…。