Disc Review

Arthur (Or the Decline and Fall of the British Empire): 50th Anniversary Editions / Kinks (BMG/Abkco/Sanctuary)

アーサー、もしくは大英帝国の衰退ならびに滅亡(50周年記念エディション)/キンクス

もう30年くらい前、日本でこのアルバムの初CD化が実現した際、ライナーノーツを書かせていただいたのだけれど。あのときはオリジナルLP収録の12曲がCD化再発されるだけで感動ものだった。1969年にリリースされたキンクス、7作目のスタジオ・アルバム『アーサー、もしくは大英帝国の衰退ならびに滅亡』。ザ・フーの『トミー』などと並んでロック・オペラの先駆けとも言われる傑作だ。その後、1998年にボーナス・トラック10曲入りのCDが出て。2004年にステレオ・ミックス、モノ・ミックス、それぞれにボーナス9曲ずつを加えた2枚組が出て。そのつど、夢のようだなと思っていたら…。

オリジナル盤からの発売50周年を記念して、さらにゴージャスな再発が実現した。去年出た『ザ・ヴィレッジ・グリーン・プリザヴェイション・ソサエティ』の発売50周年記念エディションの姉妹編。何種類か出るフォーマットのうち、いちばん豪華なのがCD4枚+7インチ・アナログ・シングル4枚+最新インタビューや書き下ろし解説、当時の雑誌記事の複写、日本盤も含むシングル・ジャケット写真などを満載した68ページの豪華ブックレット+ポスターやピンバッヂなど多数のメモラビリア一式というデラックス・ボックス・セットだ。明日、10月25日発売ですが、いち早くフラゲできた方も多いかも。

CD4枚の内訳としては、ディスク1が2019年最新リマスターがほどこされたオリジナル・アルバムのステレオ・ミックス12曲+ボーナス7曲。ディスク2が2019年リマスターによるアルバムのモノ・ミックス+ボーナス7曲。ディスク3が本アルバム制作時に並行して録音されたものの最終的にお蔵入りしたデイヴ・デイヴィスのソロ・アルバム『ザ・グレイト・ロスト・デイヴ・デイヴィス・アルバム』全12曲+ボーナス11曲。ディスク4がデモ、リハーサル、BBCミックス、リミックスなどを含むレア音源14曲。

このアルバム用に書かれながら未発表のままに終わった3曲をミュージカル『カム・ダンシング』のワークショップで録音した音源とか、レイ・デイヴィスがドゥー・ワップ・コーラスを従えて新たに録音した音源とか、いろいろと興味深いところも含む未発表曲5曲、未発表ヴァージョン28曲。

で、その最新ステレオ・リマスターと、デイヴ・デイヴィスのソロを2枚のディスクに振り分けて、ボックス・セットからピックアップしたボーナス・トラックをそれぞれに加えたCD2枚組とか、オリジナル・アルバムとボーナス・トラック集を合わせたLP2枚組とかも出て。デジタル・ダウンロードおよびストリーミングはオリジナル収録曲+ボーナス8曲の20曲入りで。30年前には想像もできなかった超豪勢な状況です。

もともと『アーサー…』というアルバムは、イギリスのテレビ局からの依頼を受け、レイ・デイヴィスが脚本家ジュリアン・ミッチェルと共作したテレビ・ミュージカルのための作品だった。このテレビ・ショーは結局オンエアされずじまいだったが、音楽だけはこうして見事なトータル・アルバムとなって残されたわけだ。

当時のレイ・デイヴィスは、イギリスの小さな街に暮らす“普通の人々”に照準を合わせ、彼らの生活を通してイギリスの夢の挫折や希望の消失を描くことをテーマにしていた。『アーサー…』の前作、1968年にリリースされた“静かな”傑作『ザ・ヴィレッジ・グリーン・プリザヴェイション・ソサエティ』では、秩序が秩序として正常に機能していた架空の時代の懐かしいイギリスでの田園生活を賛美しながら、フォーキーでメランコリックなサウンドに乗せてそのテーマを全うしようとした。続く本作では、ぐっとロックンロールっぽい音に回帰しつつ、ひとりの労働階級の男を主人公に据え、彼のある1日の生活を淡々と描くことでそのテーマを成し遂げようとした。

ジュリアン・ミッチェルがオリジナルLPのジャケットに寄せた文章によると、主人公の名前はアーサー・モーガン。ロンドン郊外の“シャングリ・ラ”と呼ばれる家に暮らしている。労働者として無難に勤め上げ、今は引退。静かな毎日を送っている。けれども、彼には家があって、庭があって、車があって、愛するローズという妻がいて、デレクという息子がいて。もうひとりの息子、エディは戦争で死んでしまった。エディの息子、ロニーは“世界は変わるべきだ”と真剣に考えている学生だ。イギリスでの生活に対して不満たらたらのデレクは妻のリズと二人の子供とともにオーストラリアに移住しようとしている。そんな者たちをめぐる物語。特に何事かが起こるわけじゃない。大英帝国の時代から二つの大戦を経て現在へ、という歴史に翻弄される平凡な人々をめぐる人間模様を淡々と追いながら、レイ・デイヴィスがシニカルに紡ぎ上げたコンセプト・アルバムだ。

ちなみに、この主人公の“アーサー”という名前は、レイとデイヴのデイヴィス兄弟のお姉さんの旦那さんの名前から採られたらしい。お姉さんも実際“ローズ”という。彼らは1960年代初め、本当に一家でオーストラリアに移住している。そんなふうに虚実取り混ぜつつ、あるひとりの男のパーソナルな心の動きを徹底的に描き切ることで、レイ・デイヴィスは見事全てのイギリス人の物語を構築してみせたわけだ。そんな傑作をより多角的な視点から味わうことができる強力なボックス・セット。けっこう半世紀過ぎた今の時代に対してもそのまま通用するメッセージを多くはらんでいるような気もしなくはないのだけれど…。

しかし、この後も、『レット・イット・ブリード』50周年箱とかボブ・ディランのナッシュヴィル・セッション関連のブートレッグ・シリーズとかバンド・オヴ・ジプシーズのフィルモア・イースト4公演完全収録ものとか、注目のボックス・セットが目白押し。昨年同様、年末に向けて物入りな日々に突入です。

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