シネマティック/ロビー・ロバートソン
カタカナで表記しちゃうと、まあ、シネマティック、と。フツーにシネマな感じなのだけれど。“Cinema”ではなく、“Sinema”。“Sin”+“Cinematic”ってことだろうか。ロビー・ロバートソンの8年ぶり、通算6作目のソロ・アルバムが届いた。
ロバートソンがスコアを担当したというマーティン・スコセッシ監督/ロバート・デニーロ主演の新作ギャング映画『アイリッシュマン』と、その原作にあたるチャールズ・ブラントによるトゥルー・クライム・ノンフィクション『アイ・ハード・ユー・ペイント・ハウシズ』(実在のヒットマン、“ジ・アイリッシュマン”ことフランク・シーランの人生を扱った作品)に触発された「アイ・ヒア・ユー・ペイント・ハウシズ」でアルバムは幕を開ける。
これ、アルバム・リリースに先駆けて先行公開されていたヴァン・モリソンとのデュエット・ナンバーで。サウンド自体はけっこうライトでポップに仕上げられているものの、着想自体からも想像できる通り、歌詞の世界はどっぷりダーク。公開された時点であちこちで説明されていた通り、タイトルにある“ペイント・ハウス”、つまり“家を塗る”というのは、家の壁を血で真っ赤に染めることを表わすギャングの隠語なんだとか。と、そんな、実際のロバートソンとは(たぶん)かけ離れた罪深き人生を描いた楽曲でスタートしたかと思うと——。
続く2曲目「ワンス・ワー・ブラザーズ」は、去年日本語版も出たロバートソンの自伝本『ザ・バンドの青春(Testimony)』を下敷きに構成されたダニエル・ローアー監督の同名ドキュメンタリー映画のための楽曲。ザ・バンドに対するロバートソンの複雑な心情が赤裸々に綴られている。
“明かりが消える/もう動けない/兄弟たちが恋しい/でも、彼らは去った”という歌い出しから胸が痛い。“かつては兄弟だった/もう兄弟じゃない/諍いを経て、つながりを失った/リヴァイヴァルはない/アンコールもない/かつては兄弟だった/もう兄弟じゃない”というリフレインも悲しい。
と、そんなふうに虚実両要素が入り乱れるオープニング2曲以降、この両極を激しく行き来するテイストをたたえたままアルバムは続いていく。上海の伝説的ギャングの物語を描いた曲あり、懐かしきオーソン・ウェルズのラジオ犯罪ドラマへのオマージュあり、ジョン・レノンに触発されたという平和へのメッセージあり、自らの出自を赤裸々に告白する曲あり、かつてのバンドメイトたちとの、むちゃくちゃではあったけれど、かけがえのない若き日々を匂わせる曲あり…。歌詞面では実に多彩な世界観を提供してくれる。
音楽面では2011年の前作『ハウ・トゥ・ビカム・クレアヴォヤント』の延長線上というか。近年のロビー・ロバートソン・サウンド。随所にさりげなくエレクトロニックっぽい要素もあしらいつつ、抑制のきいた音像を緻密に編み上げている。ただ、やっぱり歌がね…。ゲスト・ヴォーカル陣も含めバック・コーラスが随所に寄り添って、けっして最高のヴォーカリストとは言えないロバートソンの歌声をがっちりサポートしてはいるのだけれど。
仕方ない。この人の場合、かつては自作曲を完璧に歌いこなしてくれる3人の最強ヴォーカリストがいたわけで。どうしても当時と比べて、その部分に物足りなさを覚えてしまう。前述したヴァン・モリソンとのデュエットによるオープニング・チューンにしても、歌える人と今いち歌えない人との歌声がなんとも噛み合っていない結果に終わっていた感じもあって。先行公開時からその辺が思い切り心配ではあった。
ただ、歌うというより、喉を絞った感じでハスキーなつぶやき声を発するロバートソンの語り口は、むしろ本作のどこかダークな世界観を表現するのに適しているように思えなくもない。そうポジティヴに考えて盛り上がることにしました(笑)。
前作から引き続きのピノ・パラディーノ(ベース)とマーティン・プラドラー(キーボード)にクリス・デイヴ(ドラム)を加えた顔ぶれが基本的にバックアップ。デレク・トラックス(ギター)、ドイル・ブラムホールⅡ(ギター)、フレデリンク・ヨネット(ハーモニカ)、ジム・ケルトナー(ドラム)なども参加している。スペシャル・ゲスト陣はヴァン・モリソン、グレン・ハンザード、シティズン・コープ、J.S.オンダラ、ローラ・サターフィールドなど。
バック・コーラスを担当しているひとり、フェリシティ・ウィリアムズがいい味を発揮している。「ウォーク・イン・ビューティ・ウェイ」って曲でのローラ・サタフィールドとのデュエットも、けっこうぐっときた。1998年の『コンタクト・フロム・ジ・アンダーワールド・オブ・レッドボーイ』以来となるハウィー・Bもソングライティング面を含めてまた協力している。もちろん、ギター・インストも2曲あり。がんばってます。