ブライター・デイズ/ロバート・ランドルフ&ザ・ファミリー・バンド
何年か前、高田漣くんと一緒にイベント出演した際、ステージにセッティングされていたペダル・スティール・ギターをちょこっと触らせてもらったことがある。
「健太さんならすぐ弾けちゃうんじゃないかなー」
とか、優しくおだてられて(笑)。調子に乗って、弾かせてもらったのだけれど。足下にいくつかセッティングされているペダルの中から特定のものを選んで踏むと手元に張られている弦のうち何本かのチューニングが変わって、スライド・バーをまっすぐ置いた状態のままで音程/和音が変化する。なので、ここにバーを置いて、この弦とこの弦をこの順番で弾いて、そのあとこのペダルを踏むとこういうフレーズになりますよ…とか。理論的にはわからないでもないのだけれど、そう言われたところで、何が何やら。まったく直感的にはいかない。
つーか、これ、演奏か? 方程式解いてるみたいな感じで。文化系と言うより、間違いなく理数系。そうとうアタマのいい人にしか対処できないんじゃないかな。ぼくには無理っぽい。あっという間に断念しましたが。
そんなペダル・スティールを完璧に、自在に、軽々と操りつつ、ファンキーでソウルフルな音楽をぶちかますロバート・ランドルフ、実の兄弟姉妹によって編成された文字通りの“ファミリー・バンド”を率いて、およそ2年ぶりに放つ新作が登場した。『ブライター・デイズ』というアルバム・タイトルからも想像できる通り、自らの教会音楽ルーツを改めて見つめ直したような仕上がりだ。
アメリカの南部に行くと、実際、パイプ・オルガンとかピアノではなくペダル・スティールが据え置きされている教会が今でもけっこうあるらしい。1930年代ごろに誕生したと言われる、その辺の、“セイクレッド・スティール”と呼ばれる教会音楽の歴史には思い切り疎いので、誰が始祖なのかとか、まったく知らないのだけれど、そういう形態の教会音楽があるんだという事実を世界に向けて強烈に広めたのは確実にこの人、ロバート・ランドルフだろう。
1978年、ニュージャージー生まれ。両親が働いていた教会にオルガンではなくペダル・スティールがあったことから、幼いころから自然とセイクレッド・スティール音楽に親しんで育ったのだとか。といっても、この人の場合、ペダル・スティールが真っ正直にペダル・スティールのようには響かない。デュエイン・オールマンやジェシ・エド・デイヴィスのスライド・ギターの咆哮と同質の、なんとも粘っこくスリリングな演奏スタイルは、教会にルーツを置きながらも、時にとてつもなく扇情的ですらある。やばい。
そういう奔放な持ち味を最大限に発揮して、平気でジミ・ヘンドリックスとか、バーズとか、オハイオ・プレイヤーズとか、ラスカルズとかカヴァーしまくるし。エリック・クラプトン、バディ・ガイ、カルロス・サンタナなど大御所とも軽々と共演するし。
でも、今回は同時に、先述した通り教会音楽ルーツを再度強く意識し直している感じもあって。そのあたり、プロデュースを手がけたデイヴ・コブの手腕かなと思う。ナッシュヴィルを拠点にジェイソン・イズベル、ブランディ・カーライル、スタージル・シンプソン、クリス・ステイプルトンらくせ者たちと印象的な仕事を多数してきたコブならではのルーツ感覚がいい形でロバート・ランドルフの個性と共鳴した感触がある。
ゆるやかにバウンドしながらうねるグルーヴのもと、幅広い意味合いでの“愛”をメッセージするオープニング・ナンバー「バプタイズ・ミー」とか、スライ&ザ・ファミリー・ストーンのような強烈なコール&レスポンスが炸裂するスピーディな「ドント・ファイト・イット」とか、妹さんのリネシャ・ランドルフと熱い掛け合いヴォーカルを聞かせる「ハヴ・マーシー」とか、ミーターズみたいなニューオーリンズ・ファンク「セカンド・ハンド・マン」とか、リネシャが切々と歌う「クライ・オーヴァー・ミー」とか、スティーヴィー・レイ・ヴォーンすら彷彿させるワイルドな「ストレンジ・トレイン」とか…。
ごきげん。ゴスペルを下敷きに、より広い分野でクロスオーヴァー的なヒットを放ち続けたファミリー・グループの偉大な先達、ステイプル・シンガーズの「シンプル・マン」のカヴァーも的確だ。あまりに真っ正直で気恥ずかしくなる歌詞表現も随所に見られるけど、それも含めてこの人らしい1枚なのかも。
伝統を継承しつつも、けっして伝統に縛られない。そんな姿勢が気持ちいい。