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Carolina in My Mind / James Taylor (Performs on“The Late Show”)

想い出のキャロライナ/ジェイムス・テイラー

常々、しつこく書いている通り、基本的にこのブログ、休日更新はしないことにしているんだけど。昨夜、YouTubeで見た映像がちょっと泣けたもんで。軽く感想など。

人それぞれ、どうにも抗うことができない歌声というのがあると思う。ぼくの場合はこの人。JT。ジェイムス・テイラー。この人には抗えない。70年にリリースされたセカンド・アルバム『スウィート・ベイビー・ジェイムス』にノックアウトされて以来、えんえん半世紀近く、変わらぬ深い感動を与え続けてくれるJTは、ぼくにとって音楽そのもののリファレンスだ。音楽とはこうあってほしい。音楽家とはこうあってほしい。音楽面では、生ギター一本でも単なるフォークやカントリーに終わることなく、ジャズの洗練、ラテンの躍動、R&Bのファンキーさなどを表現できると思い知らせてくれた、我が“師”だし。

歌詞面でも、誰もが迷っていた70年、火と雨の混乱をくぐり抜けたあとの空虚さを歌った「ファイア・アンド・レイン」をヒットさせ“個”の時代の到来を予言してみせたJT。翌71年にはキャロル・キング作の「ユーヴ・ガット・ア・フレンド」を取り上げ、ストレートに“君”と“ぼく”だけの関係を歌って全米1位に。彼が歌っていたのは常に“個”。あれから長い歳月が流れて。でも、JTはいつもあのときのたたずまいのまま。髪の毛はずいぶんとなくなってしまったけれど、何ひとつ変わらない印象。どんな大所帯のバンドを従えていようと、誰とデュエットしていようと、最良のパートナーであるギターを抱え、常に“個”として、時代の流れを超越した地点にたたずみ続けてきた。

1997年にJTがリリースした素敵なアルバム『アワーグラス』。あのタイトルはなんとも象徴的だったと思う。アワーグラス。砂時計。そう。砂時計の中ではいつも同じ砂が流れ続けていて。すべて下に落ちきったら、ひっくり返されて、さっきまで上だったはずのところへと流れ込み。そんなことを変わらずに繰り返しながらも確実に時を刻んでいって…。まさにジェイムス・テイラーそのものだなと思ったものだ。その次、5年後の2002年に出たアルバム『オクトーバー・ロード』に収められた「マイ・トラヴェリング・スター」という曲も印象的だった。JTはあの曲で、家に落ち着きたいのにどうしてもひとつところに落ち着けない者たちのことを淡々と歌っていた。

 遺失物取扱所でぼくの名前を見つけてくれ
 そこがぼくの居場所だと信じさせてくれ
 みっともない話さ
 またひとつ新しいハイウェイ・ソングを作ってしまうなんて

この歌詞は、JTの正直な胸のうちなのだと思う。JTにとって歌い続けること、曲を作り続けることの意味がここで語られているような気がした。

というわけで、なんかこの人に関してだけはまったく不変というか、枯れはしても老いはしない印象があったのだけれど。このほど、5月2日にスティーヴン・コルベアのレイト・ショーに出演して、1968年暮れ、アップル・レコードから出したファースト・アルバム収録の代表曲「キャロライナ・イン・マイ・マインド」を歌ったときのパフォーマンスを見て。なんか、初めてこの人の歌声にほのかな“老い”の匂いを嗅ぎ取ったというか。もう70歳過ぎてるんで当たり前っちゃ当たり前のことなのだけれど、あ、JTもフツーにトシ取るんだ…と思い知ったのでした。

ということは、もちろんぼくのほうも同じだけトシ取ってて。でも、そんなおっちゃんになった今もなお、若き日、高校生になりたてのころに出くわしたこの曲を相変わらず大好きで、今回も思いきりぐっと来させてもらえて、そんなこんなでなんだかじわーっと来た。いや、別に悲しくなったとか、寂しくなったとか、そういうわけではなく。このほのかな老いの香り漂う歌声と、そんな老いと引き換えに手に入れたストーリーテラーとしての圧倒的な説得力と、相変わらず素晴らしく歌心に満ちたギターの腕前と、まったく色褪せない楽曲そのものの魅力とをたっぷり味わいながら、ああ、この人がずっと歌い続けてくれていてよかったなぁ、この人のことをずっと変わらず好きであり続けることができてうれしいなぁ、幸せだなぁ…と改めて実感した、と。

そういう、特に役にも立たない、なんとも極私的な話でありました。すんません。さて、また映像見ようっと。

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