ワーキング・オン・ア・ドリーム/ブルース・スプリングスティーン
前宣伝を見ていたら、オバマ・フィーバーに乗っかってリリースされる、みたいな雰囲気なきにしもあらずで。正直、ちょっと引き気味だったのだけれど。実際に聞いてみたら、まあ、当然ながら別にオバマ頼みのアルバムってわけじゃなく。ポップに、キャッチーに、バラエティ豊かな楽曲を奔放に、躍動的に歌いまくった1枚、みたいな仕上がり。様々な形のラヴ・ソング集というとらえ方もできそう。大傑作というわけではなさそうだけれど、ぼくは盛り上がりました。この人はすごいね、やっぱり。
アルバム・タイトル曲は、厳しい状況のもと、ツキにも見放されて、身体はボロボロ、夢も遠いものにしか思えない、でも俺はその夢の実現を信じてがんばるんだ、という内容で。確かに、オバマに賭けるしかない今のアメリカならではの歌のようにも聞こえるのだけれど。そこだけに特化するのはもったいないというか。より大きなテーマに向けて作られた楽曲ととらえたほうが楽しい。
スーパーのレジ打ちの女の子に密かに恋をした男の視点から描かれた「クイーン・オヴ・ザ・スーパーマーケット」とか、いいです。彼が店に入って、買い物をして、出て行くまでが描かれているのだけれど。ほのぼの聞くこともできるし、やっべー内容と感じることもできるし。退屈なスモールタウンの日常に潜む狂気のようなものを描かせたら天下一品のスプリングスティーン劇場の真骨頂って感じ。「キングダム・オヴ・デイズ」って曲も泣けた。同じ時間を共有しながら過ごして、心が通い合っているようで、でも、どこかお互いに不確かな部分もあって、意識のすれ違いもあって、でも、そんな二人で過ごすこの時こそ最高の日々なんだ、と。そう確信しているのか、細かいことには目をつぶってそう思い込もうとしているだけなのか、その辺はわからないけれど。そんな心情が淡々と綴られていて。これも聞き手のイマジネーションを思い切りかきたててくれる1曲だった。
サウンド的には、たぶんスプリングスティーン自身がティーンエイジャーだったころに聞きまくっていたと思われる60年代後半の英米ロックからの影響をストレートにたたえた仕上がり。案外、英国ものの影響が色濃かったりして。面白い。特にアルバム冒頭を飾る8分強の傑作「アウトロー・ピート」のアレンジとか。手法自体はさして珍しいものではないけれど、それをスプリングスティーンがやっているというのがやけに新鮮だった。前作『マジック』の「ガールズ・イン・ゼア・サマー・クロージズ」同様、ブライアン・ウィルソンっぽいアンサンブルが聞かれる「ジス・ライフ」って曲もある。
以前のピート・シーガー・セッションズで自分が生まれる以前の米国ルーツ音楽めがけて意欲的なアプローチを仕掛けたスプリングスティーンだけれど。それなりの成果を上げられたということなのかな。前作『マジック』と本盤では、自分がリアルタイムで体験したパーソナルなルーツ音楽へのオマージュに挑んでいる感じ。プロデュースは今回もブレンダン・オブライエン。バックをつとめるEストリート・バンドの面々も快調。08年に他界してしまったダニー・フェデリシの最後のプレイも聞けます。
もうすぐスーパーボウル。ハーフタイム・ショーでのパフォーマンスも楽しみだなぁ。