ザ・コンプリート68カムバック・スペシャル〜40周年エディション/エルヴィス・プレスリー
先日、ミュージックマガジン編集部のクリハラくんとメールのやりとりをしていて。その中でクリハラくんが“しかし若い人で「エルヴィス最高!」とか言ってる人って、少なくとも日本ではほとんど聞いたことないです。どうなっちゃうんですかね”みたいなことを書いていた。
ほんと、どうなっちゃうのかなぁ。長嶋茂雄という文化の影がやけに薄らいでしまった日本のプロ野球界を憂うみたいな気分にもなりますが(笑)。
それでも、エルヴィス・プレスリー関連のCDリリースはなんだかんだと今なお続いているわけで。なんとか、少しでも多くの若いリスナーがエルヴィスの雄大な才能に気づいてくれれば、と願うばかりです。
とか言っているぼくも、エルヴィスの衝撃のデビューには間に合っていない。1956年、エルヴィスが「ハートブレイク・ホテル」で全米デビューを飾った年に生まれているので。キャリア途中からの後追い組ってことになる。どの段階でずっぽりとハマったかというと。1970年のお正月。その年、68年のクリスマス・シーズンにNBCを通じて全米放映された伝説的カムバックTVスペシャル『エルヴィス』が1年以上のブランクを置いて日本でもオンエアされた。中学生だったぼくは、もちろんそれまでにエルヴィスのヒット曲をそこそこ楽しんではいたのだけれど、その番組を見ていよいよ本格的にノックアウト。エルヴィス・プレスリーという圧倒的な才能のとりこになった。過去にさかのぼって彼の名唱をあさりまくるようになった。
そんな伝説的TVスペシャルの初放映から40年。番組の全貌を立体的に伝える4枚組ボックスが出た。『68カムバック・スペシャル・ボックス~40周年記念エディション』。サントラ盤として当時リリースされた音源はもちろん、アンプラグドの元祖とも言われる、いわゆる“シット・ダウン・ショー”と“スタンドアップ・ショー”の全音源、マニア向けにのみ公式リリースされていたドレッシング・ルームでの貴重なリハーサル音源のすべてを詰め込んだ豪華箱だ。
1967~68年というのは、アメリカのポップ・ミュージックにとって実に興味深い年で。反戦、公民権運動、サイケ、アシッド、ラヴ&ピース…。そうした状況を背景に、ロックは裾野をぐんぐん広げ、増殖を続けていた。ブルース、ジャズ、クラシック、インド音楽などへの積極的なアプローチも始まり、雑多な融合ロックが続々誕生。こうした音が十分に“旬な商品”になりうることを知ったレコード会社らの性急な煽り立てもあって、60年代後半、ロック・シーン全体が浮き足立っていった。誰もがやみくもにヒップであろうともがいていた。
そんな中、時流に逆らうように自らのアイデンティティを再度見直そうとする動きもあって。たとえはボブ・ディランの『ジョン・ウェズリー・ハーディング』、ザ・バーズの『ロデオの恋人』、ザ・バンドの『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』、CCRのデビュー…。浮ついた幻想に誰もが踊らされているように思えたあの時代に、こうした一部の意識的なミュージシャンたちがもう一度地に足をつけ、自らのルーツを見直そうとしていたわけだけれど。こうした一連のルーツ確認作業と同じ“根っこ”を底辺にはらんだ動きのひとつとして、エルヴィスの“68年カムバック・スペシャル”をとらえ直してみると面白い。
アメリカが激動のただ中にあったにもかかわらず、危機感なく、ぼんやりハリウッドの銀幕の向こう側に鎮座するばかりだったエルヴィスを、再度、時代にアジャストしようというのが番組の狙いだったのだろうが。その方向性はけっして“エルヴィス、サイケに挑戦”のような、浮ついたものではなかった。エルヴィスの体内にしみこんでいるにもかかわらず、ハリウッドでは発揮しきれずに眠っていた雄大なルーツ感覚を全開にしようとするものだった。エルヴィス自身、番組中のMCで「近ごろは様々な形態のロックが人気を博しているけれど、ロックのルーツはあくまでもリズム&ブルースでありゴスペルなんだ」と。
その言葉通り、エルヴィスはこの番組でジェリー・リード、マック・デイヴィスら南部感覚に満ちた気鋭ソングライター陣の楽曲をファンキーに歌いこなし、ゴスペルを掘り下げ、師匠筋にあたるジェリー・リーバー&マイク・ストーラーのブルージーな楽曲群を躍動させ…。もちろん、「ハートブレイク・ホテル」に始まるヒット・メドレーも披露されるけれど、番組のキモはあくまでもエルヴィスのゴスペルっぽさ、ブルースっぽさに焦点を当てたセグメントのほうだ。
とにかく、当時多くの音楽ファンがふと忘れかけていた事実、つまりエルヴィスは誰にも超えることができないすばらしいロックンローラーであることを世界に向けて半ば腕ずくで再認識させた感動の瞬間の記録です。今回のコンプリート・ボックス再発を機会に、未体験の方はぜひ。音楽部分のプロデューサーはボーンズ・ハウ。ミュージシャンはドラムにハル・ブレイン、ギターにトミー・テデスコ、アル・ケイシー、マイク・ディージー、ピアノにラリー・ネクテル、ドン・ランディ、そしてコーラスにダーレン・ラヴを含むザ・ブロッサムズ。ナッシュヴィル/メンフィス系のミュージシャンを起用することが多かったエルヴィスにしては珍しい、当時の西海岸系の名手をバックに配した的確な演奏も魅力です。
あちこちでよく引いているエピソートですが。2001年だったか、ブライアン・セッツァーが、なんと“ブライアン・セッツァー68カムバック・スペシャル”と名乗るロカビリー・トリオ編成でアルバムを出したことがあって。「このバンド名はエルヴィスへのトリビュートですか?」と質問されたセッツァーは、「すべての音楽はエルヴィスへのトリビュートだろ?」と答えたとか。いかしてますね。
でもって、明日、8月21日、新宿ロフトプラスワンでのCRTイベントは、この68年カムバック・スペシャル大特集です。左の告知欄を参照のうえ、ぜひ遊びに来てください。星野ジャパンの試合もない日ですから(笑)。