Disc Review

Any Time / Leon Redbone (Blue Thumb)

エニー・タイム/レオン・レッドボーン

確かボブ・ディランが初来日を果たしたときだから、1978年かな。ディランが東京・九段の日本武道館でライヴをやっていて。そのとき、隣の小さな九段会館ではレオン・レッドボーンのライヴがあって。

「なんか隣じゃ有名な人がライヴやってるみたいだけど…」とか言いながら、独自のノスタルジックな音楽をひょうひょうと展開するレオン・レッドボーンのたたずまいと歌声に、会場に集まった、まあ、武道館に比べればずいぶんと少人数の観客たちは、何とも言えない一体感のもと、静かに、しかし熱く盛り上がったものだった。その一員だったぼくは、今でもあの夜の感激をいきいきと思い出せる。

グルーチョ・マルクスのようなヒゲをたくわえ、サングラスにパナマ帽姿で、けっこうあなどれない腕前のギターとすっとぼけたバリトン・ヴォーカルを聞かせるレオン・レッドボーン。カントリーの父とされるジミー・ロジャースや、ニューオリンズが生んだ偉大なジェリー・ロール・モートンを最大のアイドルにしている彼ならではの、ひょうひょうとしたグッド・オールド・ミュージックは、本当に不思議な魅力に満ちている。トム・ウェイツとかマリア・マルダーあたりが、ある種確信犯的な演出のもとで醸し出している郷愁のようなものを、そのまま、自然体で体現してしまえる、実に得難い存在だ。

そんな彼にとって、1994年の『ホイッスリング・イン・ザ・ウィンド』以来のスタジオ録音による新作。その間、ツアーに明け暮れていたようだけれど、ここ1年ほど、断続的にではあるがレコーディングを続けていて。その成果が本盤『エニー・タイム』だとか。

基本的には過去の諸作と何ひとつ変わらない、鉄壁のグッド・タイム・ミュージック盤。クラリネット、コルネット、チューバ、トロンボーン、ピアノ、ドラム、ベースなど、堅実なプレイを展開するミュージシャン群をバックに従え、古き佳きポピュラー・ソングをほんわかほんわか歌っている。弾き語りのイメージが強い人だけど、今回はバックをバンドにまかせて歌っているだけの曲も多い。レッドボーンさん、20年代のジャズ・ジャイアント、エディ・ラングがかつて所有していたギブソン・ギターを持っているらしく。それを自分で弾いたり、ギタリストのフランク・ヴィグノーラに貸して雰囲気たっぷりのソロを弾いてもらったり。いい音なんだ、これが。長年のライヴの成果か、レッドボーンさんのギターの腕前もぐっと上がったような気がする。

ヴィグノーラさんのソロと、レッドボーンさんのヨーデル交じりの歌声がたまらん「エニー・タイム」、ベニー・グッドマンふうのクラリネットがなまめかしい「イフ・ユー・ニュー」、パースエイジョンズが必殺のバック・コーラスをつける「イン・ザ・シェイド・オヴ・ジ・オールド・アップル・トゥリー」、イギリス録音による傑作トーチ・ソング「ブロッサムズ・オン・ブロードウェイ」、個人的にはフォー・フレッシュメンのライヴ・ヴァージョンも大好きだった名曲「スウィート・ロレイン」、数年前TV番組のテーマ曲として録音されたという「ユア・フィーツ・トゥー・ビッグ」などなど、聞き物たっぷり。まあ、1曲聞いてダメなら全曲ダメ、その代わり1曲好きなら全曲好き…というタイプの音楽だろうけど。ごきげんです。

これがレッドボーンさんのブルー・サム・レコード移籍第一弾。80年代以降リリースした旧作の権利もブルー・サムに移ったらしく、同レーベルから何枚か再発になったみたいだ。まだレオン・レッドボーン未体験の方がいらっしゃるようなら、これをきっかけに深みにハマってみては? ダン・ヒックスも素晴らしい来日公演を果たし、ジェフ・マルダーも素晴らしい新作をリリースし、マリア・マルダーもやってくるらしいこの時期、いいタイミングだと思いますです。

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