
ヒア・ユー・アー/アン・マレー
1970年代当時から、あんまり周りに同好の士がいなくて。ほとんど外で口にすることもなかったのだけれど。ぼくはカナダの国民的シンガー、アン・マレーが大好きで。中学、高校、大学時代、おうちで本当によく聞いていた。
やはり大好きだったグレン・キャンベルとデュエットしていたり、ケニー・ロギンスの曲をカヴァーしていたり、逆にエルヴィス・プレスリーが何曲か彼女のレパートリーをカヴァーしていたり…。そんなことも含めて、ものすごく好きだった。最強のアルト・ヴォーカルだなと思っていつも聞き惚れていたっけ。
もちろん数字がすべてではないにしても、この人、ポップ音楽ファンならば無視できない記録の持ち主で。カナダ人女性として初めて米国でゴールド・レコードを獲得した存在だったり(1970年の「スノウバード」)、全米チャート1位に輝いた初のカナダ人女性ソロ・アーティストだったり(1978年の「辛い別れ(You Needed Me)」)、ナッシュヴィルのカントリー・ミュージック・アワードで最優秀アルバム賞を獲得した初の女性アーティストだったり(1983年の『ア・リトル・グッド・ニュース』)。
ただ、ざっくりくくればポップ・カントリー系だから。日本の洋楽シーンにおける苦手分野というか何というか。今ひとつ正当に評価されていないような…。ぼくの場合も周りには普通にロック・ファン、ソウル・ファンとかが多かったもので、アン・マレーの話を持ち出してもあんまりまともに相手にしてもらえず。好きだってことをなかなか公言できないまま、カーペンターズとかバリー・マニロウとかオリヴィア・ニュートン=ジョンとか、そういう人たちのレコードとともに、おうちで密かに、しかし大いに心ときめかせながら満喫するシンガーのひとりでありました。
以前、カナダを旅した人の話の中に、“車で移動中、カーラジオをつけていたら、もう一生分アン・マレーを聞かされた…”みたいなエピソードが出てきたことがあって。まあそれは残念ながら、“もうおなかいっぱい”的な? 否定的な感じで語られていたわけだけれど。ぼくは普通に、超うらやましい…と思ったものです。
もちろん今でもずっと彼女の歌声は大好きなままなのだけれど。2008年にクリスマス・アルバムを出したのを最後にレコーディング活動からもライヴ活動からも引退することを宣言。「もう40年も歌ってきたんだから、いいでしょ? 歌声が衰える前に引退したかったの…」みたいなことを語っていたっけ。
そんなアン・マレーの新作が登場。といっても、もちろん引退しちゃっているわけで。新録ではないです。1978年から1995年、シンガーとして思いきり充実していた円熟期に録音された未発表音源集。
アンさんは今年80歳を迎えて。ジュノ・アワードでもライフタイム・アチーヴメント賞みたいなやつに輝き…。それを記念して1974年のカントリー・カヴァー集『カントリー』、「辛い別れ」を含む1978年の『愛の香り(Let’s Keep It That Way)』、「月影のふたり(Shadow in the Moonlight)」とか「ユカタン・カフェ」を含む1979年の大傑作『愛のフィーリング(New Kind Of Feeling)』あたりが、“ANNEversary Edition”と銘打たれて最新リマスターでデラックス・エディション化されたりしているのだけれど。その流れを受けてのリリースみたい。
ばらばらの時期にいろいろなプロデューサーの下で行われたレコーディングの寄せ集めながら、ボブ・ロックがエグゼクティヴ・プロデューサーを務めて、アダム・グリーンホルツがミックス。それなりに統一感のある1枚に仕上がっている。
タイトル・トラックはアンさんに「フィード・ジス・ファイア」とか提供していたヒュー・プレストウッドの作品。多彩なソングライターによる書き下ろしの他、ファーリン・ハスキーのカントリー・ヒット「ゴーン」とか、過去もいろいろ取り上げていたアラン・オデイの「キャッチ・マイ・ブレス」とか、相変わらずセンスのいいカヴァーも。
カナダつながりって感じのブライアン・アダムス作品「ストレイト・フロム・ザ・ハート」のカヴァーもやっていて。これは1984年の『ハート・オーヴァー・マインド』セッションでの録音らしいけど、アンさんと娘のドーンさんによる新たなバック・コーラスや、甥っ子のデイルさんによるペダル・スティールとかも今回ダビングされていて。いい感じに新旧が入れ乱れつつ、しかし時代の変遷とかにまったく揺るがされることのないエヴァーグリーンなミドル・オヴ・ザ・ロード・サウンドを編み上げてみせる。
同好の士が多ければいいなと心から願ってはいるものの、まあ、全然ピンとこないって方が多いのも事実だと思うので、無理強いはしません(笑)。が、少なくともぼくにとっては最高の歌声によるうれしいニュー・リリースではありました。
【追伸】
明日、また早朝から予定が入っちゃっているのをはじめ、だいぶスケジュールに追い込まれ気味なもんで、またまた本ブログの更新が不定期になりそうです。趣味のブログなもんで、どうしても後回しになりがち。そのあたりお含みおきいただき、のんびりお付き合いくださればうれしいです。よろしくお願いします。