マハーシュマシャーナ/ファーザー・ジョン・ミスティ
2022年の前作『クロエ・アンド・ザ・ネクスト20thセンチュリー』が、もうたまらなく好きだったなぁ。実存主義的チェンバー・ポッパー、ファーザー・ジョン・ミスティことジョシュ・ティルマンの新作です。
今回もまた、クールなペシミストというか、不可解なユーモリストというか、ひねくれたロマンチストというか、相変わらずのファーザー・ジョン・ミスティがここにいるわけですが。今、あっちではあんなことになり、こっちでもこんなことになっているこのやばい時代のシンガー・ソングライターというのは、こういう在り方で時代の空気を語り、自身を語り、じわじわ訪れる次なるメンタル・クライシスに備えるしかないのかな、とも。
アルバム・タイトルはサンスクリット語で“偉大な火葬場”を意味する言葉なのだとか。でもって、あらゆるものがそこへ向かうのだというのがテーマらしく。前作に引き続き、歌詞的には今回もまた“終わりへの予感”がいっぱい。でも、その表現にはこの人らしいシニカルなウィットが溢れていて。しかも、曲は美しく。この取り合わせにはやられる。往年のハリー・ニルソンとかランディ・ニューマンとかに通じる“静かな吸引力”みたいな。
今回もドリュー・エリクソンが多彩なアイディアを盛り込んだアレンジを提供しており、ガレージ・ロック調とか、ディスコ調とか、そういう曲もあるのだけれど、やはりニルソンやニューマンを想起させるふくよかなオーケストレーションをともなったアレンジがほどこされた曲たちの素晴らしさがメイン。
といっても、単に美しいストリングス・アンサンブルをバックに配していて素敵…とかそういうだけでもなく、たとえばブルージー&ファンキーなミディアム・グルーヴ・チューン「ジョシュ・ティルマン・アンド・ジ・アクシデンタル・ドーズ」などではポール・バックマスター調のストリングスがスリリングかつアタッキーに絡んでみせていたりして。かっこいい。『マッドマン・アクロス・ザ・ウォーター』のころのエルトン・ジョンを思い出す。歌詞のドあたま、“彼女は『アストラル・ウィークス』をかけて/「私、ジャズが好きなの」とウィンクした”ってフレーズにいきなりしびれました。
あと、個人的には、“この幻覚/刑務所のカテドラル/そこでは市民の夢が/どんなふうに間違っているのかを思い知らせるだけ”とか、“忘却/文明のエンジン/コーヒーとタバコ/これ以上の反逆の手段はまだ見つけられない”とか、なんだか意味をつかみかねるイメージを、しかしものすごく美しくノスタルジックなメロディに乗せてつぶやく「メンタル・ヘルス」って曲にドハマリ。さらに、ラストを締める、これまた思いきり郷愁漂う「サマーズ・ゴーン」って曲も泣けるし。
けっこう長い曲が多いけど、無駄はひとつもない感じがまたこの人の表現者としての力を思い知らせてくれます。