インナー・アダルト/テリー・ローチ
お姉さんのマギー(2017年に他界)と、妹のサジーとともにザ・ローチズとして活動していたローチ三姉妹の真ん中、テリー・ローチの最新ソロ・アルバムが届いた。1970年代から2000年代にかけて、マギーとともに各地のコーヒーハウス・サーキットで録音したライヴ音源を収めたオーディオ・ブック『キン・ヤ・シー・ザット・サン』を2022年にリリースしているけれど、ソロ名義では2015年の『インプリント』以来。
といっても、これももともとは特にアルバムを作ろうと思っていたわけではなく、ここ数年で書きためた新曲をとりあえず記録したいということで、去年の9月に録音された音源たちらしい。どこのレコード会社ともエージェントとも契約しておらず、マネージャーもいない状態。なので、現在住んでいるヴァージン諸島のご近所さんでもあるオレンジ・ピールズのアレン・クラップのおうちを訪れて、そこで宅録させてもらったのだとか。
ちょうどハリケーンの季節だったとかで、外で風が吹き荒れる中、ひとりでアコースティック・ギターを弾いて、歌ったという全13曲だ。
なんでもテリーさん、パンデミック期間を利用して、過去自分に影響を与えた様々な人たちにファンレターを出していたらしい。そのうちのひとりが作家であり牧師でもあるジェイムス・マーティン師。彼は以前、古いキャロル「ウェンセスラスはよい王様(Good King Wenceslas)」のローチズによるカヴァー・ヴァージョンについて熱く語ったビデオをYouTubeに投稿しており、それを見て以来、テリーさんは彼のことが気になっていたのだという。
で、テリーさんがEメールを出したところ、彼も返信をしてくれて。それをきっかけに交流を深めた二人は「ア・ニュー・セレニティ・プレイヤー」なる曲を共作。“神様、私がけっして変えることができない人々を受け入れるための平穏をお与えください…”というフレーズで静かに歌い出されるセイクレッド・ソングで。“そして最後、神はただ沈黙するという知恵を私にお与えになった…”とか、なんというか、こう、様々な価値観とか情報とかが乱雑に錯綜するSNS時代ならではの切々たる祈りのようなナンバーに仕上がっている。
この曲が去年の春、YouTubeとかで公開されたのだけれど。それを中心に編まれた1枚という感じ。これだけがテリーとマーティン師の共作で。あとはすべてテリー単独の自作曲だ。
“油断しないで、怪物が戻ってくるわ/つま先立ちになって、世の中に渦巻く甘い歓喜の声に耳を貸してはいけない”と歌われる「ジ・アフターマス・オヴ・ヴィクトリー」はトランプのことを歌っているのかな。かつて民主党のケリー大統領候補を応援する曲を発表したこともあるローチ姉妹ならでは。
ラストの「ノット・ファニー」という曲は、それまでテリーさんひとりのギター弾き語りで展開してきた中、突然押し寄せる喧噪にまぎれて、“笑えないことはわかっているけれど、それでもね…”というひとことで終わっていくのだった。71歳の深い孤独感。毅然とした反骨心。決意。そして祈り。様々な表現にはっとさせられるばかりです。
フィジカルは今のところ見かけてません。とりあえずはデジタル・リリースのみ。7月になるとテリーさんが歌詞に絵を添えた詩集のような同名の本も出るみたい。この本からはQRコードで曲をストリーミングすることができるのだとか。