リボルバー〜スペシャル・エディション(5CDスーパー・デラックス)/ビートルズ
今朝はやっぱりこれしかないっすよねー。日付が今日に変わった深夜からサブスクのストリーミングもスタートした『リボルバー〜スペシャル・エディション』。ジャイルズ・マーティンがオリジナル・マルチにまで立ち返りつつ再構築したニュー・ステレオ・リミックスが売り物のビートルズ拡張スペシャル・エディション・シリーズの最新作ってことになるわけだけれど。
今回も5CDスーパー・デラックス、4LP+7インチのスーパー・デラックス、、2CDデラックス、1CD、1LPピクチャー、デジタル・ダウンロードなど多彩なフォーマットで出るけれど、やっぱここは5CDあるいは4LP+7インチのスーパー・デラックス一択でしょう。
CD5枚組は、まずディスク1に1966年発表のオリジナル・アルバム14曲をジャイルズ・マーティンとエンジニアのサム・オケルが再構築したニュー・ステレオ・ミックスを収録。ここでは日本でも大いに話題になった映像作品『ザ・ビートルズ:Get Back』でも多用された新技術“デミックス”が大活躍。楽器なり歌声なり、個々の音声の特徴をコンピューターに認識させ、それらを分離できるようにするという夢のような技術なのだけれど。それのおかげで4トラックという、これまでだったらあまり大幅に再構築しようがなかったマルチ・トラック環境にもかかわらず、様々な音声をできる限り別トラックに振り分けて新たな定位を作り上げている。
ドラムとベースがちゃんとセンターに定位した「タックスマン」とか、弦楽八重奏が左右に振り分けられセンターにヴォーカルが置かれた「エリナー・リグビー」とか、今の時代の耳にも落ち着いて届く音像がうれしい。これまでジャイルスは基本的には父親ジョージ・マーティンらが手がけたオリジナル・ステレオ・ミックスへの敬意を下敷きに、あまり大きく印象を変えないまま新時代の音質・音圧にお色直しする…みたいな方向性だったけれど。今回は、曲によってではあるものの、かなり大胆なリミックスをほどこしているようだ。
ディスク2と3が貴重な初期セッション・テイク28トラックとホーム・デモ3トラック。これがごきげんに興味深い。ちょうどコンサート活動から身を引いてスタジオにこもるようになった時期のレコーディングだけに、ライヴでの再現を考えない、スタジオならではの実験的な音像の構築に邁進している各メンバーの様子が随所に記録されていて。その手探り感も含めて、ワクワクする。
ご存じの通り、『リボルバー』というアルバムにはテープ・ループとか、オートマチック・ダブル・トラッキング技術とか、クローズ・マイク・セッティングとか、テープの回転数をいじるヴァリスピードとか、テープの逆回転とか、のちのスタジオ・レコーディング・シーンに大きな影響を与えることになる革新的テクニックが満載されているわけで。これらセッション音源と完成形であるオフィシャル・リリース・ヴァージョンとを聞き比べることで、どこでどんな実験的試みがなされたのかを追体験できる。
けっこうヴァリスピード技術が多用されていて。たとえば、鍵盤で演奏するにはずいぶんとややこしいBなんてキーに設定されている「フォー・ノー・ワン」が、実際にはものすごくシンプルなCのキーで録音されていて、ヴァリスピードでテープ・スピードを遅くしてピッチを半音下げていたってことがわかるし。これまたF#なんて面倒なキー設定の「イエロー・サブマリン」が、もともとはGのキーで演奏されていて、それをやはり半音下げにしていたこともしっかり記録されているし。
「イエロー・サブマリン」って、基本ものすごく陽気な曲調にもかかわらず、どこかダークな印象があるなぁ…と、子供のころから感じていたのだけれど、その辺、このピッチ・ダウンがうまく機能していたのかな。さらに、ジョンが3拍子で歌う「イエロー・サブマリン」の最初期ヴァージョンなんか、こちらも印象一転、とてつもない哀感をはらんだ感触で。ポールが“リンゴが歌うことを想定して子供向けの歌にした”とか語っていたからといって、この曲、ナメちゃいけないな、と。そんなことを改めて思い知ったり。
他の曲でも、初期テイクから順に並んでいるものを聞き進めていくと、多重録音する楽器の順番とかであれこれ試行錯誤している様子も垣間見えたり。すっごく面白い。
ディスク4がオリジナル・モノ・ミックスの最新リマスター。ディスク5がアルバムと同時期にレコーディング・セッションが行なわれたシングル「ペイパーバック・ライター」と「レイン」のニュー・ステレオ・ミックスとオリジナル・モノ・ミックス。
これまでは全部入りボックスに必ず入っていた5.1サラウンド・ミックスは、今回はデジタル版のみらしく、フィジカル版には入っていない。その代わりにモノではあるけれど、オリジナル・ミックスがちゃんと入っていて、これはうれしい構成かも。当時、ジョージ・マーティンはモノ・ヴァージョンこそを完成形と想定してミックスしていたそうだし。ただ、やっぱりあの過渡期っぽいオリジナル・ステレオ・ミックスの左右不安定な定位がサイケな浮遊感を増幅させていたのも事実だからなぁ。あれに慣れ親しんだ身としては、従来のステレオLPはもちろん、ステレオ版CDも相変わらず処分できないってことですな。ブツが増えていくばかり…(笑)。