Disc Review

Downhill from Everywhere / Jackson Browne (Inside Recordings)

ダウンヒル・フロム・エヴリホエア/ジャクソン・ブラウン

ジャクソン・ブラウンは1977年のプリテンダー・ツアー以来、何度も何度も来日してくれていて。ぼくもそのたびに見に行って感動させてもらっているわけですが。

近年だと2015年3月のオーチャード・ホール公演が特に忘れられない。歌はもちろんむちゃくちゃ素晴らしかった。が、それだけでなく、あの夜はMCがものすごく印象に残った。公演終了後、バックステージに招いていただく光栄にもあずかって。ほんとは公演後バックステージにおじゃまするのはなんだか申し訳なく、あまり好きじゃないのだけれど。でも、まだ311の余波に心が揺れていた時期。そんな中、彼がMCで真摯に語ってくれた海洋汚染のこと、福島のこと、メディアのこと…など、それらのメッセージがどれだけ今のぼくたちを勇気づけてくれたかを直接伝えたいなと思って、お目にかかってきた。

で、ぼくのそんな思いを伝えたら、ジャクソンさんもとても喜んでくれて。すごくうれしかったです。この人の音楽を聴き続けてきてよかったなと思いました。

世の矛盾を純粋に嘆き、行く末を憂い、繊細に悩み、しかしどこか希望と楽観を漂わせる…みたいな。そんな持ち味を、デビュー・アルバムをリリースしてから50年近く経た今なお変わらずに感じさせてくれるジャクソン・ブラウン。こんな青い72歳、いません。すごいです。

ぼくが大学生だったころ、1974年に出たジャクソン・ブラウン3作目のアルバム『レイト・フォー・ザ・スカイ』が大好きだった。そういう方、多いと思う。特に表題曲が好きだった。泣けた。徐々に心が通い合わなくなった恋人どうしが、悲しい現実から目をそむけているうちに、お互いの気持ちを修復できないところまできてしまった、と。で、ジャクソンは歌うのだ。

“ベッドに二人で横たわり、明るくなってくる光の中、愛の約束をささやきあった。そんな朝を何度過ごしてきたんだろう。ぼくたちはもうあの日の空には遅すぎる…”と。

今、聞いても泣ける。誰もが青春の真っ只中で経験したはずの淡い喪失感が胸をよぎる。聞く者ひとりひとりの記憶として胸によみがえってくる。あの曲が世に出てからもう半世紀近く。でも、そんな繊細な手触りはそのまま、ジャクソンは今も歌い続けている。あちこちでよく書いてきたことだけれど、もし青春を表現するのに最適の声、ってやつがあるとすれば、それはジャクソン・ブラウンの歌声じゃないかと思うのだ。

そんなジャクソンの最新アルバムが出た。『ダウンヒル・フロム・エヴリホエア』。オリジナル・フル・アルバムとしては、先述した2015年の来日公演のときに最新作だった『スタンディング・イン・ザ・ブリーチ』以来7年ぶり。ライヴとかコンピレーションなどは着実なペースで出続けているけれど、スタジオ・アルバムとしてはこれが21世紀に入ってから、まだほんの4作目ということになる。

2019年、エイズ治療において大きな役割を果たした医師や看護師を巡るドキュメンタリー映画『5B』のためにレスリー・メンデルソンと共作/デュエットした「ア・ヒューマン・タッチ」をはじめ、去年シングルとしてリリースされた「ア・リトル・スーン・トゥ・セイ」と「ダウンヒル・フロム・エヴリホエア」、さらには去年ハイチのミュージシャンたちと録音してコンピレーション『レット・ザ・リズム・リード』に提供した「ラヴ・イズ・ラヴ」を自分のバンドで再演したヴァージョンなども収められた1枚で。それらも含めた全10曲。

民主主義の危機、移民問題、環境破壊、分断…など、そうしたポリティカルなテーマを扱った曲から、人工心臓というものから思いを馳せた曲や、熟年〜老年のなんとも微妙なロマンスを歌った曲まで。今、このダウンヒルな、つまり“下り坂”の時代に渦巻く多くの問題に、しかしきわめてパーソナルな眼差しをもって対峙し続けるジャクソン・ブラウンの現在が、変わらぬ“あの声”で綴られている。

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