イン・アナザー・ワールド/チープ・トリック
去年、パイロットのボックスを紹介した際、ぼくのパワー・ポップ感のようなものを書かせてもらった。もしよかったらチェックしてもらえるとうれしい。まあ、要点だけ改めて引用させてもらうと——
ラズベリーズとかトッド・ラングレンとかチープ・トリックのような米アーティストがビートルズら往年の英国ポップへ投げかけるまなざしと、ニック・ロウとかデイヴ・エドマンズのような英アーティストがビートルズの向こう側にあるエヴァリー・ブラザーズやバディ・ホリーら米国ロックンロールにアプローチする感触と。一見別モノとも思えるこの両者に通底する、こう、なんともポップな、でもどこか屈折をはらんだ“手触り”こそがパワー・ポップの正体ではないか、と。
と、そんな“手触り”を米国側から体現する重要なバンドのひとつ、チープ・トリックの新作アルバムだ。2017年にクリスマス・アルバムを含む2作のスタジオ・アルバムをリリースして以来、4年ぶり、20作目のスタジオ・アルバム。その間、いくつか1970年代のライヴとかが出たりしていたけれど。やっぱり新作は格別だ。
まったく変わらず、今なおばりばりパワー・ポップしまくってくれているのが、まじ、すごい。リック・ニールセンは“今も俺の頭の中は16歳”とか言ってるのだとか。ファースト・アルバムを出したときと同じじゃん。それはそれでどうなのよ…とも思うけれど(笑)。なんだか、うれしい。
とはいえこの新作、冒頭を飾る「ザ・サマー・ルックス・グッド・オン・ユー」は、タイトル通り、2018年の夏ど真ん中にシングル・リリースされたもので。同年暮れにはアルバムも出るようなことがアナウンスされてもいた記憶が…。
まあ、ご存じの通り、結果的にアルバムは出ずじまいで。翌2019年になると、秋ごろ、今度はレコード・ストア・デイに合わせてジョン・レノンの「ギミ・サム・トゥルース」をカヴァーしたシングルが出て。ハリー・ニルソンのトリビュート・アルバムへの参加もあって。この流れでいよいよアルバムか、とワクワクしていたら、2020年に入って新型コロナ禍がやってきてしまって…。
まさに紆余曲折。延び延び。2020年はデヴィッド・ボウイの「レベル・レベル」のカヴァーをデジタル・ストリーミングでリリースしたのみで終わって、2021年へ。年頭に次なる先行シングル「ライト・アップ・ザ・ファイア」が出て。ここで改めて、4月にはアルバムのリリースもあると予告されて…。
で、今、4月。ようやく本当にアルバムが出るに至った、と。長かったー。でも、出てくれてよかった。もちろん、変わらずごきげん。微妙に季節外れになってしまった「ザ・サマー・ルックス・グッド…」と、「ギミ・サム・トゥルース」のカヴァーと、「ライト・アップ・ザ・ファイア」を含む全13曲。ニルソンとボウイのカヴァーはなし。
メンバーはリック・ニールセン(ギター)、ロビン・ザンダー(ヴォーカル)、トム・ピーターソン(ベース)という揺るぎない3人に、2010年に離脱したバーニー・カルロスに代わる存在としてがんばっているリックの息子、ダックス・ニールセン(ドラム)の4人。プロデュースは2006年以降タッグを組み続ける盟友、ジュリアン・レイモンド。
チープ・トリックにしてはけっこう珍しいハードでルーズなミディアム・ブギー・チューン「ファイナル・デイズ」にはウェット・ウィリーのジミー・ホールが強力なブルース・ハープで客演。前述「ギミ・サム・トゥルース」ではセックス・ピストルズのスティーヴ・ジョーンズのギターが大暴れ。
起こさないでくれ、俺は好きなことを夢見続けるんだ…と、サンシャイン・ポップふうのシャッフル・グルーヴに乗せて駄々をこねる(笑)「クイット・ウェイキング・ミー・アップ」とか、最悪の時代を俺たちは過ごしているけれど、俺はいつも君のそばにいる、新しい、別の世界を信じていこう…とスケールの大きなミディアム・テンポで歌う「アナザー・ワールド」とか、ぐいぐいドライヴするロックンロール・ビートに乗せて展開する「ボーイズ&ガールズ&ロックンロール」とか、パーティは終わり、ぎりぎりのやばい時代、君は生き残れるのか…的なことを突きつけてくる「ザ・パーティ」とか、いい曲ぞろい。
「アナザー・ワールド」と同じように、“次”が見えない時代ならではの孤独感や揺れる気持ちをメロウな旋律とリリカルなギターのアルペジオに乗せて綴る「ソー・イット・ゴーズ」とか、泣けた。
なんでも、トム・ピーターソンはひと月ほど前に心臓手術を受けたとのことで。ちょっと心配だけど、先日プロモーションのために出たスティーヴン・コルベアのレイト・ショーでは椅子に座ってベースをプレイしていたので、きっとばっちり完全復活してくれるに違いないと願いつつ、また彼らのライヴを生で楽しめる日を夢見ます。