ソングズ・フォー・ザ・ジェネラル・パブリック/ザ・レモン・ツイッグス
思えば、ブライアンが19歳、マイケルが17歳。ニューヨークのロングアイランド出身のダダリオ兄弟が2016年、アルバム『ドゥ・ハリウッド』でメジャー・デビューを飾ったとき、二人ともまだティーンエイジャーだったんだなぁ。
当時、とある新聞で彼らのデビュー作をレビューしたのだけれど、それひっくり返してみたら、“サイケ、グラム、プログレ、パワー・ポップなど、60〜70年代を想起させる往年の音楽性を効果的に取り入れながらも、21世紀の若者ならではのクールかつ柔軟な編集感覚で見事コンテンポラリーな音像を構築してみせる。ソングライターとしての素養も魅力的。期待の個性だ…”とか盛り上がっていた。まじ、彼らの登場にコーフンして、その年の年間ベストとかにも選んではしゃいでいたものだ。
その後、2017年に出したEP『ブラザーズ・オヴ・ディストラクション』、2018年にセカンド・フル・アルバム『ゴー・トゥ・スクール』とリリースを重ねて。このセカンド・アルバムのほうでは、人間の子として育てられたチンパンジーのシェーンを主人公に据えた“成長の物語”を託したロック・オペラに挑戦していたりして。おかしなやつら感、全開に。
ただ、そのあたりまではまだコンセプト先行というか。頭でっかちな感触も漂っていたけれど。兄弟二人だけでほとんどすべての楽器をこなしながらのレコーディング作業ばかりでなく、信頼できる仲間と組んだライヴ活動も活発に重ねる中、パフォーマーとしてのフィジカルも鍛えられてきたか。今回出たサード・アルバムにはフィジカル面とコンセプト面、両者が実にいいバランスで共存している感じ。素晴らしい。
もともとは今年の5月にリリースされる予定だった。けど、折からの新型コロナウィルス禍もあり発売延期。リリースに合わせて計画されていた北米ツアーもすべてキャンセル。その代わりということだろうか、兄弟は4月末、bandcampを通して急遽、2018〜2019年のツアーで録音されたライヴ・アルバム『ザ・レモン・ツイッグス・ライヴ』を発表し、その売り上げを全額、ニューヨークのホームレスを新型コロナ感染症から救うために活動する支援団体に寄付。
と、そんな意識的なベネフィット活動を間に挟んで、いよいよこの待望のサード・フル・アルバム『ソングズ・フォー・ザ・ジェネラル・パブリック』がめでたく世に出た、と。そういうわけだ。実は光栄なことに国内盤のライナーノーツを書かせていただいたこともあって、発売が延期されるずいぶんと前から音に接することができていた。なもんで、一刻も早くすっごくいいアルバムだってことを伝えたかったのだけれど。ようやく公然と騒げます。
すごいです。最高です。ごきげんです。
まあ、とはいえ、細かいことはそのライナーのほうで書いているので。こっちで同じこと書くわけにもいかず。ぜひ、国内盤をお求めいただいて目を通していただければ、と(笑)。
それにしても、これ、実際のところ本人たちにそういう意図があるのかどうかはまったく知らないし、曲調も全然違うのでライナーには書かなかったのだけれど。アルバムのオープニング・チューンが「ヘル・オン・ホイールズ」ってタイトルで。タイトルだけパッと聞くと、ウイングスの「ヘレン・ホイールズ(愛しのヘレン)」と空耳しそう。1970年代のポール・マッカートニー・ファンとしてはいきなり頬が緩む。
そういえば、3曲目に入っている「ノー・ワン・ホールズ・ユー(クローサー・ザン・ザ・ワン・ユー・ハヴント・メット)」とか、刺激的な転調をくるくると繰り返すポップ・チューンで、この間奏に登場するポルタメントを効かせたチープなシンセとかも、ちょっとウイングスっぽかったり…。
いや、でも、それってたぶんぼくがポール・マッカートニー・ファンだからなのかも。レモン・ツイッグスのアルバムには他にもトッド・ラングレン/ユートピア、スパークス、ビッグ・スター、バーズ、タートルズ、クイーン、ビーチ・ボーイズ、プロコル・ハルムなど、マニアックな音楽ファンの耳をぐいぐい惹きつける多彩なポップ・イディオムが随所に盛り込まれていて。それぞれのファンの耳に、そうした要素がそれぞれ大きく増幅されて届く、みたいな。そういう周到な個性とも思えて。スティーヴン・キングの『IT』的な…って、それはちょっと違うか(笑)。でも、楽しい楽しい。
本格デビューからほんの4年。兄弟ともに20歳を超えたばかりのくせして、何をやっても輝いて見えた若き日々が過ぎて、年齢を重ねた今、残されたのは憂鬱ばかり…みたいな心情を歌詞で吐露していたり。本当にかけがえのない誰かを見つけることのむずかしさ、人の心の移ろいやすさのようなものを綴っていたり。いろいろな意味で早熟な兄弟だなと思う。
アルバムのレコーディングはダダリオ兄弟がロングアイランドに所有しているホーム・スタジオをはじめ、ニューヨークの名門エレクトリック・レディ・スタジオ、そしてロサンゼルスのソノーラ・レコーダーズで。この録音場所のシチュエーションにも、過去と現在、そして未来とがイマジネイティヴに混在するレモン・ツイッグスらしさが表われている気がする。
また来日も、ぜひ…って、そういうことをフツーに願える日々に早く戻ってほしいです。