オール・ザ・ヒッツ/デイヴ・クラーク・ファイヴ
子供のころ、ぼくはデイヴ・クラーク・ファイヴ、DC5のことをちょっと甘く見ていて。日本の洋楽ファンみんなが大好き(笑)な「ビコーズ」と、ちょっぴり切ない「悲しみこらえて(Hurtin’ Inside)」と、♪アウー…ってイントロのコーラスがハッピーで大好きだった「オーバー・アンド・オーバー」のシングル3枚だけしか持っていなかったのだけれど。
社会人になって、短い期間ながら某出版社の編集者として働いていたころ、現在は翻訳家として活躍なさっている先輩、染田屋茂さんが、“これ、もういらないからあげるよ。やかましいよね、こいつら(笑)”と、なんと『デイヴ・クラーク・ファイブ』と『デイヴ・クラーク・ファイヴNo.2』という、2枚の日本盤LPをくださった。これをきっかけにぼくのDC5熱が本格化。針音ばちばちの盤だったけれど、ずいぶんと聞き込んだものだ。ほんと、染田屋さんのおかげです。
その後、大滝詠一師匠と交流させていただくようになって。まあ、♪アウーのコーラスつながりで、実際にお目にかかる前から薄々感じてはいたものの、大滝さんがまた大のデイヴ・クラーク・ファイヴ・ファンで。その影響をもろに食らってぼくもさらにのめり込んで。いろいろ聞き直すようになって…。
とはいえ、デイヴ・クラーク・ファイヴの場合、当時あまりいい再発がなかった。1980年代に彼らの音源をコンプリートするには、ものすごく手間とお金がかかった。なんでも、デイヴ・クラーク本人が音源に関する権利を持っていて、なぜかなかなか再発したがらないということだった。そのせいで、CD時代になってからも、いわゆる“板おこし”と呼ばれる、アナログ・レコード盤から作った劣悪音質の海賊版CDみたいなやつしか世に出回らずじまい。
デイヴ・クラーク本人が関わったオリジナル音源のリマスターCDベストのオフィシャル・リリースがようやく実現したのは1993年のことだ。英盤は1枚もの、米盤は2枚組。なんと、「ビコーズ」のシングルB面曲としてもおなじみ「カッコいい二人(Can't You See That She's Mine)」のドラムが違っていたり、ダブル・ヴォーカルが別だったりしたこともあって、これ、リマスターというよりリミックスじゃないの? てことは、これをきっかけについにオリジナル・アルバム群もCD化されるのか! と、当時、大滝師匠とともに大いに盛り上がった。
が、ご存じの通り、結局そのベストだけで再発はおしまい。その後も彼らのCDというとブートまがいのものばかり。彼らがロックンロール・ホール・オヴ・フェイム入りをした2008年に改めて『ザ・ヒッツ』という1枚ものベストが出たことがあったとはいえ、それも動きとしては単発。もうちょっとちゃんと体系的に再発すれば再評価の気運も高まりそうなのに…と思い続けて20年以上。
ところが、去年。2019年。突如、デイヴ・クラーク・ファイヴの作品群が、なんといきなりハイレゾで配信された。HDトラックスのリリース・ニュースを眺めていてぶっとんだ。出たのはUKヴァージョン、USヴァージョン、入り乱れてのオリジナル・アルバム群15作と、08年のベスト盤『ザ・ヒッツ』。それらの2019年リマスターという触れ込みだった。Apple MusicやSpotifyでのストリーミング配信もされた。
でも、ベスト以外は、曲順や、そもそも収録曲目までもがちょこちょこいじられていたり、「カッコいい二人」とかが相変わらず別ドラム・ヴァージョンだったり、「若さをつかもう(Catch Us If You Can)」とかのミックスが微妙に違っていたり…。またもや少なからぬ謎をはらむ再発だった。もちろん、出ないより全然いいので大歓迎。全部手に入れた。うれしかった。ただ、ハイレゾとかストリーミングの場合、当たり前だけど音源ファイルだけでブツがないからねぇ。
と、そこに登場したのが、このCD。たぶん去年のハイレゾ/ストリーミング・リリースのときと同じ、デイヴ・クラーク本人が2019年、アビイ・ロード・スタジオで最新リマスター作業をほどこした音源による10年ぶりのベスト『オール・ザ・ヒッツ』です。またベストだけど(笑)。バンド結成60年を祝う企画とのこと。ただし、曲目は2008年の『ザ・ヒッツ』と同じ。去年、ハイレゾ配信されたリマスター版『ザ・ヒッツ』のCD化という位置づけかな。「ドゥ・ユー・ラヴ・ミー」で始まって、当時未発表ボーナスとして収録された「ユニヴァーサル・ラヴ」までの全28曲入り。
パッケージは変わった。デジパック。ジャケットも写真になった。けど、ライナーノーツは、一部コメントなどが再構成され、レイアウトも変更されてはいるものの、基本的に同じ。なので、前のやつを持っている方は、音質のことさえ気にしなければ必要ない1枚ってことになる。
でも、オフィシャルに出ただけでもすごいんだから。これは手に入れましょうよ。でもって、ブリティッシュ・インヴェイジョンの大波をビートルズとともに主導した彼らの、猥雑で、躍動的で、でも切なくて、甘い極上ロックンロールを最新リマスター音源で堪能しましょう。売れればデイヴ・クラークの機嫌も良くなるだろうし。この後の再発状況に変化が起こるかも。で、今度こそこのままの勢いでオリジナル・アルバム群のフィジカルCD再発へと、ぜひ…!