リフュージ・コーヴ/グレイス・カミングス
フォークです。
フォークっぽいとか、フォークふうとかじゃなく。まじ、真っ向からのフォーク。もう、1960年代初頭のモダン・フォーク・リヴァイヴァルのただ中にずどーんとタイムスリップさせられた感じというか。
オーストラリア・メルボルン出身のグレイス・カミングス。デビュー・アルバムを聞いて驚いた。自ら爪弾くアコースティック・ギターに、たまにハーモニカが絡んだり、エレクトリック・ギターがそっと寄り添ったり、ピアノがさりげなく重なったり…。それだけのシンプルな音像。
そこに、きわめて印象的な歌声が乗る。とにかく強烈な歌声。オデッタのように力強く、ジョーン・バエズのように凛々しく、バフィ・セント・メリーのように個性的で。いや、女性だけではなく、デイヴ・ヴァン・ロンクとか、フィル・オクスとか、エリック・アンダーソンとか、あるいは、もう、まっすぐ初期ボブ・ディランとか、そのあたりの先達を想起させる佇まいというか。
実際、彼女のデビューのきっかけはボブ・ディラン絡み。ディランの「イッツ・オール・オーヴァー・ナウ、ベイビー・ブルー」をカヴァーして歌った映像をFacebookに投稿したところ、それを見たフライトレス・レコードのスタッフが魅了され、一気にデビューが決まったのだとか。
21世紀のフォーク・クイーンの誕生。といっても、歌詞に関しては、1960年代当時のような、ストレートな社会派メッセージを孕んだものというわけではなさそう。切ないコード進行が印象的な「スリープ」という曲では“私はクリス・ベルにはなれない”とか“私はメリル・ストリープにはなれない”とか歌いながら、理想と現実との狭間を揺れたりもして、ちょっとそっち方面の香りを感じさせているのだけれど。
それにしてもやり口はとても屈折している。まだ歌詞のチェックはあまりできていないのだけれど、グレイスさんが歌っているのは、もっと内省というか、心象というか、レナード・コーエン的な、ニック・ドレイク的な、あるいはジム・モリソン的な世界観のような気がする。曲によってはニコっぽかったり、グレイス・スリックっぽかったり、そんなイメージもよぎるし、リンダ・ペリーを思わせる瞬間もある。
アルバム冒頭の「ザ・ルック・ユー・ゲイヴ」では“私の帽子の羽が/あなたの眼差しのように冷たい海の中で吹き飛ばされる…”とかつぶやいている。下でビデオクリップも紹介した「ゼア・フライズ・ア・シーガル」では“カメモが飛んでいく/撃ち落とす/するとあなたは笑う/きっと今、幸せなのね…”とか、歌い放つ。
断片的に耳に飛び込んでくる言葉の中にそういった繊細に紡がれた表現も聞き取れて。想像力もすごくかき立てられる。けど、まだフツーにアマゾンとかでフィジカル買えないもんで。歌詞カードがないんだよなぁ(笑)。発売元のホームページに行くと世界限定500枚とかでアナログ盤も売っているのだけれど、これに歌詞が付いているのかどうかもわからない。写真を見る限り、中袋にプリントされていそうではあるな…。とにかく現状、ぼく程度の英語力では正直、厳しいってこと。そのあたりまだ検証中です。
と、そんな状態で力一杯おすすめするのは気が引けるものの。でも、ぼくはすごく気に入りました。もちろん、まだ完成形ではない。発展途上。前出「スリープ」で本人も“これが何であるかも、これをやるべきなのかすらもわからない…”とか歌っているし。彼女の中に眠るいくつかの卓抜した可能性を提示しただけの段階という感じだ。
とはいえ、いずれにせよ面白い個性の登場であることは確か。古めかしいモノクロのアルバム・ジャケットでは堂々とタバコふかしちゃったりしてるし。まったく今どきじゃない。以前、このブログでも紹介したナイロビ生まれのボブ・ディラン・フリーク、J.S.オンダラの登場にも驚いたけど。それ以上の驚愕。今やフォークは南半球から…みたいな?(笑)