フェイデッド・グローリー/デイヴ&ジョン・ガーシェン
去年の年末押し詰まったころ、うれしいプレゼントが届けられた。
デイヴ・ガーシェン&ジョン・ガーシェンによる新作アルバム。そう。あの、ボーダーラインの主要メンバーであるガーシェン兄弟が30年という歳月を経て、再び力を合わせて作り上げた最新音源がついにリリースされたのだ。オリジナル・ボーダーラインはデイヴ、ジョンのガーシェン兄弟に、ジム・ルーニーが加わった3人編成だったが、今回はルーニー抜き。とはいえ、これは実質的にボーダーラインのサード・アルバムと呼んでもいいものだろう。そんな心地よい既視感に貫かれた1枚だ。
簡単にボーダーラインのことをおさらいしておくと。1973年にロックの聖地ウッドストックで制作された『スウィート・ドリームス&クワイエット・デザイアーズ』という素晴らしいアルバムをリリースした3人組。このアルバムは大傑作だった。デイヴ、ジョン、ジムという3人の男たちが、ザ・バンドのリチャード・マニュエルとガース・ハドソンをはじめ、ジョン・サイモン、デイヴ・サンボーンら当時のウッドストック在住の名手をバックに従えて、ロック、カントリー、フォーク、ジャズ、R&Bなどの要素を絶妙に交錯させつつ作り上げた温かく豊かな名盤。日本でも一部、心あるアメリカン・ロック・マニアの間では昔から名盤の誉れ高き1枚ではあった。にもかかわらず、オリジナル盤発売当初は契約問題のゴタゴタなどもあってまったく売れないまま廃盤に。続いて74年初頭にリリースされる予定で録音されたセカンド・アルバムも、アルバム・ジャケットも含めほぼすべてが完成に至っていたにもかかわらず、当時のレコード会社内の人事関係のごたごたなどに巻き込まれる形でお蔵入り。結局ボーダーラインは74年末、活動を停止。メンバーそれぞれの道を歩むことになったのだが。
そんなボーダーラインのメンバーのひとり、ジョン・ガーシェンとひょんなことから知り合ったのが今から5年ほど前。このホームページからぼくのアドレスをたどってメールをくれたようだった。彼はボーダーラインのファースト・アルバムを日本でCD化できないかと提案してきた。ぼく自身、この名盤がなぜCDにならないのか、日頃から不思議に思っていたこともあり、喜んで仲介役を買って出て、早速東芝EMIとコンタクト。様々な曲折を経て、2000年、世界初CD化が実現した。
ぼく同様、いや、ぼくよりももっと熱烈にこのアルバムのCD化を待ち焦がれていたファンの方も多かったのだろう。ルーツ・ロックやウッドストック・サウンドに興味を持つ若い世代のリスナーの後押しもあったのだろう。一般的なロック・ヒストリーからはほとんどこぼれ落ちてしまっていたこのアルバムの再発CDは、しかし、ほんの一時的にではあったけれど、都内の大手CDショップの洋楽売り上げチャート上位に食い込むほどのセールスを上げた。発売から30年を経て、ようやくボーダーラインの音楽が正当に評価された瞬間だった。
この好評を受けて、01年には幻のセカンド・アルバムのオフィシャル・リリースも、日本独自の形で実現。本拠地ウッドストックゆかりのミュージシャンたちのサポートを受けたファースト・アルバムのサウンドも魅力的だったが、新たにエイモス・ギャレット、クリス・パーカー、ウィル・リー、ブレッカー兄弟らのサポートを得たセカンド・アルバムでのボーダーライン・サウンドも素晴らしく密度の濃い仕上がり。前作から引き続き参加しているベン・キース、デイヴ・サンボーンらも充実したプレイを聞かせていた。25年以上の長い眠りを経てその幻の未発表アルバムから聞こえてきたのは、まぎれもなくカントリー、フォーク、ジャズ、R&Bなど、様々な音楽性をさりげなく、しかし的確に融合してみせるボーダーラインならではの柔軟かつ歌心に満ちたなサウンドだった。もちろん、ファースト・アルバム『スウィート・ドリームス…』での試行錯誤がより深められているという感触も確かに感じられた。
もしボーダーラインのアルバムが契約上のごたごたに巻き込まれることなく、当時のシーンに正当な形で流通していたら、どんな新しい歴史が待っていたのだろうか。そんなことを考えずにはいられなかった。けれども、そんなある種の悲運もけっして無駄ではなかったのかもしれないな…と。無責任な発言ではあるけれど、このガーシェン兄弟の最新作を手にした今、ぼくは感じている。
デイヴが6曲、ジョンが5曲をそれぞれ書き下ろし。超絶テクのカントリー・ロック・ギタリストとしておなじみのアーレン・ロス、クリス・パーカーの弟であるドラマーのエリック・パーカー、そしてジム・ウィーダー・バンドのメンバーでもあるベースのアルバート・ロジャーズとキーボードのダン・マッキニーらウッドストック系の友人たちが的確にバックアップ。このアルバムには、自分たちがかつてどんなふうに音楽と出会い、どんな気持ちでプレイし始め、どんなふうに情熱を育み、素晴らしい楽曲へと結実させてきたのか、その“原点”、その“理由”に再度ストレートに向き合おうとする兄弟の姿がリアルに刻み込まれている。素晴らしい音楽と、素晴らしい友。素晴らしい家族。
ここから聞こえてくるのは、まぎれもなくひたすらパーソナルな音。でも、だからこそぼくたち聞き手の胸の奥に深く共鳴する。デイヴとジョンが今もこうして歌い続けていてくれたことに、ぼくは心から感謝したい。