Disc Review

Crazy Legs (Japanese LP Issue) / Jeff Beck (Epic/Sony Music Japan)

クレイジー・レッグス(日本盤初LP化)/ジェフ・ベック

数年前、某社からジェフ・ベックを特集したムックが出た際、ベックのギター演奏のルーツに関する原稿を書かせていただいたことがある。そのときの書き出しをここに引用させていただく。こんな感じの文章でした。

過去、何度か繰り返し披露したことがあるエピソードなので、ご存じの読者もいるかと思うが。また蒸し返させてもらう。ジェフ・ベックと聞いて、まずぼくが思い出すのはこの件なのだ。もう10年くらい前のこと、たまたま乗ったタクシーの運転手さんがぼくの顔を知っていて。あれこれ音楽談義を語りかけてきてくれた。最初のうちは英米ロック全般についての話だったのだが、やがて話題は細分化。運転手さんの個人的な音楽的趣味に分け入っていった。なんでも、この運転手さん、ジェフ・ベックの大ファンだそうで。道中、ベックに関するもろもろの思い入れを聞かせ続けてくれた。いわく、スタンリー・クラークとのコンビネーションが大好きで、歌ものよりもベックのギターが大暴れするインストもののほうがお気に入りで、でも、ヤードバーズ時代も捨てがたくて、などなど。

で、車が目的地に着いて、ぼくが降車しようとする際、最後に「健太さんはベックだと、どのアルバムが好きなんですか」と訊かれた。ぼくもあれこれ好きな盤はあるけれど、そんな中からとりあえずパッと思いついた1枚のタイトルを挙げた。「ビー・バップ・ア・ルーラ」のヒットで知られるロックンロールの偉大なオリジネイターのひとり、ジーン・ヴィンセント&ザ・ブルー・キャップスの初代リード・ギタリスト、クリフ・ギャラップへの愛情をベックが炸裂させた93年のアルバム『クレイジー・レッグス』だ、と。すると運転手さんは笑いながらではあったけれど、なかなか衝撃的なひと言を放ったのだった。

「ああ、あのアルバムはベック・ファンの間ではなかったことになってるんですよ」

冗談交じりのやりとりではあったけれど、もしかすると多くの日本のジェフ・ベック・ファンにとって案外これが本音なのかも、とも思った。確かに普通のジェフ・ベック作品とは毛色が違うアルバムではある。バックにヨーロッパで大人気のロカビリー・バンド、ザ・ビッグ・タウン・プレイボーイズを従えてジーン・ヴィンセントのレパートリーをまるごと、ギター・ソロまでフル・コピーして聞かせた1枚。想像を絶するほど多彩な奏法を軽々こなし、変拍子などものともしない強靭かつ柔軟なビート感をもって、奔放でスリリングなアドリブを瞬時に紡ぎあげるベックならではの“ギターの求道者”ぶりは、確かにまったく発揮されていない仕上がりかも。が、そんなベックの音楽的背景に何が横たわっているのかを、まっすぐ、力強く、いきいきと表明した実に興味深いアルバムなのになぁ。なかったことにされてるのか。寂しすぎる…。

ジェフ・ベックのルーツというと、とりあえずB.B.キングやマディ・ウォーターズなどブルース系の人たちあたりまでは誰もがたどってみたりもするものだが。『クレイジー・レッグス』で表明したクリフ・ギャラップのような、ベック自身とてつもなく大きな影響を受けたと語っているにもかかわらず、一見ブルース・ロックから遠そうなジャンルの音にまでは踏み込まない。自分の理解を超えた部分には目をつぶる、なかったことにする、そのほうが安心・安全、めんどくさくない、みたいな。

まあ、みなさんお忙しいだろうし。そこまで踏み込む時間はないと言われればそれまでなのだが。でも、なんだかすごくもったいないというか。全員が全員というわけではないだろうが、多くの人がジェフ・ベックの魅力の重要な1パートをぽっこり聞き逃しているような気がして。ちょっと悲しくなった。日本の音楽ファンももっとロックンロール史の縦軸を大切にすれば、より楽しく躍動的に音楽を味わうことができるのに、と。確かに余計なお世話ではあるが、残念に思いつつタクシー代の支払いすませたものだ。

というわけで。ぼくは本当に『クレイジー・レッグス』というアルバムが大好きなのだ。2006年に再発CDが出た際にはライナーノーツも書かせていただいたほど。その大好きなアルバムが本日、日本でアナログLPとして再発されたので、大喜びでご紹介です。しかもぼくの2006年のライナーを付けた形で。光栄の至り。

今年の7月にスタートした、ジェフ・ベック生誕80周年を記念するアナログ盤再発シリーズの第3弾。今回出たのは1980年から1993年にかけての諸作で。『ゼア・アンド・バック』『フラッシュ』『ギター・ショップ』、そして本作『クレイジー・レッグス』 というラインアップ。

1993年のアルバムなので、基本的にオリジナル・リリース時のフォーマットはCD。ヨーロッパではLPも出ていたけれど、日本では今回が初LP化だ。LPにぴったりの音楽でもあるから、これは超うれしい。

ベックはこのアルバムをレコーディングする際、憧れのギャラップのピッキング・スタイル、つまり右手の親指と人差し指で大きめの三角形のフラット・ピックを握り、中指と薬指には金属製のフィンガー・ピックを装着したうえで、小指でグレッチ・ギター特有のヴィブラート・ユニットを操るというやり方でプレイしようとしたものの、ベックほどの腕ききでもそのスタイルを完全にマスターしきれなかったらしく。仕方なく、後年得意にしていたフィンガー・ピッキング・パターン、つまり右手の親指、人差し指、中指を使うスタイルで、3本の指それぞれにサム・ピックとフィンガー・ピックを装着してプレイすることで似たような音色とフレージングを実現したとのこと。

本作のオリジナル・リリース時、1993年にベックは某音楽雑誌のインタビューに対してこんなことを答えていた。

「このアルバムは、“ロックとはどういうサウンドであるべきか”について、ぼくが抱いた最初の印象そのものさ。ぼくはこれまでのインタビューの中でいつもそのことについて語ってきたのに、誰もぼくの真意を理解してくれなかったみたいだ。もし、ぼくが自分ならではのソロを何ひとつ聞かせていないという理由でこのアルバムに落胆するリスナーがいるとしたら、それは勘違い。ぼくはみんなに、クリフがどんなことをやっていたのかを聞かせたかったんだ。みんなで演奏しているとき、ぼくはクリフになりきりたいと思っていた。クリフのギター・ソロは最初から、中盤、そしてエンディングに至るまで実に美しい。どのソロもちょっとした奇跡みたいなものさ」

なかったことにされがちな1枚らしいですが(笑)、せっかくの機会です。アナログ化を寿いで、未聴の方はぜひお試しを。

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