Disc Review

At the End of the Day / Sylvia Tyson (Stony Plain Records)

アット・ジ・エンド・オヴ・ザ・デイ/シルヴィア・タイソン

ぼくがカナダの夫婦フォーク・デュオ、イアン&シルヴィアの存在を気にし始めたのは、実はエルヴィス・プレスリー経由というか。エルヴィスがレパートリーに取り入れていたボブ・ディラン作品「明日は遠く(Tomorrow Is a Long Time)」とか、ゴードン・ライフトット作の「朝の雨(Early Morning Rain)」や「フォー・ラヴィン・ミー」をいち早く歌っていた人たちとしてだったっけ。

他にも、ウィー・ファイブがカヴァーしてヒットさせた「恋がいっぱい(You Were on My Mind)」やニール・ヤングがカヴァーした「風は激しく(Four Strong Winds)」のオリジネイターとして、あるいはエイモス・ギャレットやバディ・ケイジ、N.D.スマートらが在籍していたバンド“グレイト・スペックルド・バード”の創設者として、様々な面で気になる存在だったし…。

いやー、いろいろと懐かしいですが。そんなイアン&シルヴィアの奥さまだったほう、シルヴィア・タイソンの新作アルバムが出た。

イアン・タイソンとシルヴィア・フリッカーがカナダのトロントでフォーク・デュオを結成したのは1959年。その後、米ニューヨークに拠点を移し、ディランやピーター・ポール&マリーのマネージャーだったアルバート・グロスマンに見出されてメジャー・デビューを飾ったのが1962年。1964年に結婚して、フォーク・シーンをリードする人気夫婦デュオとして活動を続けたものの、やがて1975年に離婚。ふたりはそれぞれソロの道へ。

とにかくベテランです。シルヴィアさん、今年で御年83歳。1970〜80年代あたりはそこそこ着実なペースでソロ・アルバムをリリースし続けていたものの、1990年代に入ったころからは、まあ、10年ごとに1枚、みたいな?

でも、まだちゃんと歌い続けていて。2011年の前作『ジョイナーズ・ドリーム:ザ・キングスフォールド・スイート』に続く11作目のソロ・アルバムにあたる本作『アット・ジ・エンド・オヴ・ザ・デイ』をこのほどめでたくリリースしてくれた、と。そういうわけです。

ただ、シルヴィアさん自身、これが最後のアルバムになると発表していて。ちょっぴり残念ではあるのだけれど。とはいえ、確かな手応えに満ちたさすがの仕上がり。素晴らしい。全12曲、かつてシンディ・チャーチらと共作した曲なども含めすべてシルヴィアさん作だ。

家族や友人や大切な人への愛について、無くしてしまった愛について、伝えることができずに終わってしまった愛について…。心安らぐキッチンから雨に濡れたストリート、ブルージーな酒場、戦後のベルリン、緑豊かな庭園など、様々なシチュエーションに聞く者を誘いながら、重ねた年輪を存分に活かした説得力満点の歌声でシルヴィアさんは淡々と12の物語を歌い綴っていく。

牧歌的な3拍子の下、歌われる「リーヴズ・イン・ザ・ストリーム」の“私たちは無垢でいるには年を取り過ぎていた/賢くあるには若すぎた”という歌詞が胸に響く。「シニカル・リトル・ラヴ・ソング」という曲でも、やはり軽やかな3拍子に乗せて“愛はせいぜい暗闇のダンス/舞い上がり/そして死に絶える/でも世界は何事もなく続いていく”みたいなことを文字通りシニカルに歌っていて。でも、そのシニカルさの裏側には深い深い優しさが静かに流れていて。言い方がむずかしいのだけれど、こう、人生の最終章を実感した者にしかなし得ない表現を彼女もしているのだろうな、と。

そう思うと、オープニングの「スウィト・アゴニー」が改めて沁みてくる。そこで彼女は愛の優しさと残酷さの両面を知り抜いたうえで、でも“I am ready to fall in love again”、つまり“また愛に賭ける準備はできているわ”と歌っているのだった。深いなー。

そしてアルバム・タイトル曲での“It’s the good times I remember at the end of the day”、つまり“一日の終わりに思い出すのは楽しいひととき”という1行にしみじみしつつ、エンディングのノスタルジックなインスト曲「ジャネッツ・ガーデン」へ。

シルヴィアさん、たくさんの胸に響く物語をありがとうございました。アルバムはこれが最後だとしても、いつまでも元気に歌い続けてください。

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