Disc Review

Tattoo You: 40th Anniversary Edition (Super Deluxe) / The Rolling Stones (Polydor/Interscope/UMe)

刺青の男〜40周年記念エディション:スーパー・デラックス4CDボックス・セット/ザ・ローリング・ストーンズ

ちょうど来週の金曜日、10月29日からスタートする神保町アカデミーでの新規講座『日本のポップス・クロニクル』。第1回の山下達郎編を皮切りに、また素敵な音楽を聞きながら、ひとときの学びをみなさんと共有できたらなぁ、と楽しみにしている今日このごろなのですが。

実は先週くらいから来月半ばにかけて、ちょっと本来とは違う傾向の仕事がずばばばっと押し寄せて、とんでもない過密スケジュールのまっただ中。ありがたいことではありますが、忙しい忙しい。普段ならば午前中、仕事が入っていることなんかめったにないもんで、平日の朝はのんびり、本ブログで1日1作品ずつ気になるニュー・リリースをちょこちょこ紹介していこうとか思って気楽にやっているわけですが。

なんか、これから数週間は午前中も仕事で埋まっちゃいそうな勢い。まあ、不況な音楽業界ですから(笑)。普段はめっきりヒマなのに、たまーにこういう繁忙期がやってくる。さすがに趣味のブログにうつつを抜かしているわけにもいかず、更新のペースを少し落とそうかなと思ったりしていた矢先…。

いやいや、とんでもなかった。本日10月22日、やったらたくさんの興味深いニュー・リリースが一挙襲来。やばい。聞きたいアルバムばっかり。ラナ・デル・レイ、エルトン・ジョン、マイ・モーニング・ジャケット、デュラン・デュラン…。発掘ものだとジョン・コルトレーンの『至上の愛〜ライヴ・イン・シアトル』。そして再発ものでも1981年リリースの名盤の40周年記念盤があれこれ。リプレイスメンツの『ソーリー・マー、フォーガット・トゥ・テイク・アウト・ザ・トラッシュ』の4CD+1LPデラックス・エディションとか、みんな大好きオリヴィア・ニュートン・ジョン『フィジカル』の2CD+1DVDとか。

そして、これだ。ローリング・ストーンズの『刺青の男(Tattoo You)』のデラックス・エディション! 忙しいとはいえ、これはピックアップしておかないとね。まあ、どれくらいの方々が本ブログを楽しみに読んでくださっているのかよくわかりませんが。ちらりとでも読んでくださっている音楽ファンの方がいらっしゃるならば、この盛り上がりを共有したいなぁ、と。そう思って、長文覚悟で今朝もブログ書き始めてしまいましたよ。

というわけで、『刺青の男』。

今では誰もが知っていることだけど。このオリジナルLPがリリースされたばかりのころ、ぼくたちは本作の素性をまったく知らなくて。つまり、このアルバム、純粋な新曲は「ネイバーズ」と「ヘヴン」の2曲だけ、他は基本的に過去、1973年から1980年、アルバムで言うと『山羊の頭のスープ(Goat's Head Soup)』『ブラック・アンド・ブルー』『女たち(Some Girls)』『エモーショナル・レスキュー』の各セッションで録音されながら未使用のままお蔵入りしていた曲のベーシック・トラックを流用した、いわばアウトテイク集みたいな1枚だった、ということ。後年、その事実を知ったときは、まじ驚いた。

まあ、確かに言われてみれば、そういう意味での統一感はないかなぁ…くらいに、ぼんやり感じたりはするのだけれど。いやいや。当時はそんなこと微塵も感じなかった。アルバムのA面アタマ、今やローリング・ストーンズのアンセムのひとつとなった「スタート・ミー・アップ」からして、超ごきげんだったし。

キース・リチャーズがお得意のGチューニングで繰り出す強烈なギター・リフを受け、2小節目3拍目にハット、4拍目にキック、3小節目1拍目にスネア…という、なんだかワケのわからないトリッキーなフィルで切り込んでくるチャーリー・ワッツもすさまじくて。ノッケから頭がくらくら。この曲でスタートして、ビル・ワイマン&チャーリー・ワッツならではのシンプルであるがゆえに最高に強力なリズム隊が躍動する「ネイバーズ」でA面が終わって。

B面アタマ、妖しいミック・ジャガーのファルセットが艶めかしく舞う「ウォリード・アバウト・ユー」で再始動して、切なくソウルフルな「友を待つ(Waiting on a Friend)」で終わる、いい感じに曲想が移ろってゆくあの流れ。嫌いじゃなかった。というか、むしろかなり好きだった。『メイン・ストリートのならず者(Exile on Main St.)』以降のアルバムではいちばん好きだったかもしれないくらいの勢い。

当初クレジットがなかったので、ピート・タウンゼントとか、なんとソニー・ロリンズまでゲスト参加していることも後から知った。『山羊の頭…』の時期に在籍していたミック・テイラーが自分のギターを勝手に使うなと怒ったってエピソードに関してもそう。でも、そんなもろもろを知らなくとも問題なし。存分に楽しめる1枚だった。個人的にはちょうど数年勤めた某出版社をやめてフリーになったばかりのころに出た1枚だったもんで。仕事も少なく時間があり余ってたから(笑)、そのぶんよく聞いていたっけ。

もちろん、過去のアウトテイクを利用するというアイデアは、当時、ミックとキースの関係がひどいことになっていて、新作アルバム用の曲作りがなかなか進展しなかったため、共同プロデューサーのクリス・キムジーがひねり出した苦肉の策だったらしいけど。

でも、結果オーライ。コンセプト的な統一感とか、同時代への必要以上の目配りとか、そういうある種、近視眼的なもろもろから半ば力尽くで解き放たれていたことがいい意味での“幅”につながった。もちろん、そんな年代バラバラな音を見事にまとめあげた当時新進気鋭のエンジニア、ボブ・クリアマウンテンの手腕も見逃せない。

というわけで、翌1982年に出たライヴ盤『スティル・ライフ(アメリカン・コンサート1981)』ともども、ストーンズの新時代を象徴する作品として、あの時期、ぼくも思いきり楽しませてもらったものだ。

新曲のみならず、往年の代表的レパートリーや自らのルーツ的なR&Bのカヴァーを、ライヴという場で、1980年代初頭のコンテンポラリーなグルーヴの下、堂々とぶちかましてみせた『スティル・ライフ』もそうだったように。それまでの自分たちの作風やアティテュードは不動のまま、しかし自分たちが置かれたシーンにおける立場とか、在り方そのものとか、そうした意識のほうを大きくシフトチェンジさせつつ1980年代という新時代へと雪崩れ込んでやるぞ、と。そんなストーンズの覚悟のようなものが『刺青の男』には感じられた。今世紀最強のロック・バンドとしての自覚、みたいな。

この変化がよかったのか悪かったのか、その辺はファンそれぞれ、受け止め方が違うとは思うけれど。いずれにせよ、その覚悟を高らかに宣言したのが『刺青の男』冒頭を飾る「スタート・ミー・アップ」だったんじゃないか、と。まあ、多分に後付け的にではありますが(笑)、そう思ったりするわけですよ。このあたりの時期を境に、ストーンズのことをアメリカのバンドだと勘違いする若い世代の音楽ファンが増え始めたっけ。それまた無理もない。

と、そんなふうな、このアルバムを巡る検証というのはすでに各所で十分になされていて、大方、何を今さらなわけだけれど。今回、オリジナル・リリースから40周年という節目を記念して編まれたこの拡張エディションによって、よりクリアに当時のストーンズの状況を再確認できるようになった。

今回もまた複数フォーマットでのリリース。2CD、1CD、5LPボックス、2LP、1LP、ピクチャーLP、クリア・ヴァイナル2LP、カセット・テープなど。でも、やはり押さえておきたいのはCD4枚組+1ピクチャーLPという形の『刺青の男〜40周年記念エディション:スーパー・デラックス4CDボックス・セット』だろう。

CDのディスク1とピクチャーLPがオリジナルの『刺青の男』の2021年リマスター。CDディスク2が“ロスト&ファウンド:レアリティーズ”と題された9曲の未発表トラック集。これは1980年のオリジナル・レコーディング・セッション時にも完成目指して作業された曲たちだったそうだが、当時は未完成のままお蔵入り。そのトラックを元に、今、ミックのヴォーカルやキースのギターなどを新たにオーヴァーダビングしたり差し替えたりしながら、40年の歳月を経て完成へと導いたものだとか。おー、オリジナルの『刺青の男』が1981年の新作だとするならば、このディスク2も2021年の新作じゃん。やばいじゃん。

やはり、このディスク2がいちばん気になるところ。チャーリー・ワッツへの追悼ナンバーとして先行公開もされた『山羊の頭…』セッションからのアウトテイク「リヴィング・イン・ザ・ハート・オヴ・ラヴ」とか、ブートでは「フィジー・ジン」とか「カム・アンド・ブリング・ユア・エレクトリック・ギター」とか別タイトルでもおなじみだった『女たち』セッションからのアウトテイク「フィジー・ジム」とか、『ブラック・アンド・ブルー』セッション時のレゲエふう「スタート・ミー・アップ」初期ヴァージョンとか、そのあたりが面白いのは当然。

さらに、シャイ・ライツの「トラブルズ・ア・カミング」、ジミー・リードの「シェイム、シェイム、シェイム」、ドビー・グレイの「明日なきさすらい(Drift Away)」といったカヴァーが泣ける。それぞれR&B、ブルース、カントリー・ソウルという、同じようでいて微妙に幅のある3ジャンルからの選曲。この辺の眼差しもごきげんだ。

で、ディスク3と4が“スティル・ライフ(ウェンブリー・スタジアム1982)”と題されたライヴ盤。本チャンの『スティル・ライフ』は1981年の11月から12月の北米ツアーで録音されて、翌年のヨーロッパ・ツアー前に出たものだったけれど。こちらはそのヨーロッパ・ツアーの一環、1982年6月の英ロンドンのウェンブリー・スタジアムでレコーディングされたフル・コンサートの模様だ。この箱、『スティル・ライフ』の拡張エディション的な役割も果たしているわけか。

オリジナル・リリースにも入っていたテンプテーションズの「ジャスト・マイ・イマジネーション」やスモーキー・ロビンソンの「ゴーイング・トゥ・ア・ゴーゴー」、エディ・コクランの「トゥエンティ・フライト・ロック」に加えて、ビッグ・ボッパーの「シャンティリー・レース」とかもライヴ前半でまとめてカヴァーしていて。こちらのカヴァーも選曲センス含めて気になるところ。

かっこいい写真とともに収録曲のビハインド・ストーリーやら制作過程やらを詳細に綴ったらしき(まだ読んでないw)124ページの豪華ハードカヴァー・ブックレット付き。シュリンクラップされて箱に入ってます。さらに日本盤には1983年公開のライヴ映画『レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥゲザー』の日本版パンフレットのミニチュア・レプリカも付くそうです。

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