ワイルドフラワーズ&オール・ザ・レスト(デラックス・エディション)/トム・ペティ
1994年にリリースされたアルバム『ワイルドフラワーズ』は、トム・ペティが盟友ザ・ハートブレイカーズとのバンド名義ではなく、本人単体名義でリリースしたソロ・アルバム第2弾だ。まじ、大傑作アルバム。大好きだった。
このアルバムに先駆けること5年ほど前からのトム・ペティは、トラヴェリング・ウィルベリーズの一員としての活動も含め、ジェフ・リンとの蜜月期。まあ、ぼくはジェフ・リン・サウンド全肯定派なので、大好物ふたつの競演という夢の時代だったのだけれど。ただ、ジェフ・リン嫌いにとっては全編にわたってリン色が強すぎる悪夢の時代だったのかも…。
いや、ファンばかりじゃない。ハートブレイカーズの面々にしてもそう。ジェフ・リンの起用をめぐってはけっこうメンバー間でごたごたしたらしい。特にドラムのスタン・リンチが強硬派で。1989年、ジェフ・リンをプロデューサーに起用したトム・ペティ初のソロ作『フル・ムーン・フィーヴァー』への参加を拒否したほどだった。
そんなごたごたのせいか、その後、1991年にやはりジェフ・リンのプロデュースの下、ハートブレイカーズ名義で制作された『イントゥ・ザ・グレイト・ワイド・オープン』にしても、どこかよそよそしい仕上がりで。ジェフ・リンの方針だったのか、スケジュール的な問題だったのか、メンバー全員揃っての一発録りはなし。オーヴァーダビングを駆使したヴァーチャルなバンドものに仕上がってしまっていた。
そういう流れを修正したかったのか、マイク・キャンベルの勧めで本ソロ第2弾『ワイルドフラワーズ』では共同プロデューサーにリック・ルービンを起用。ソロ名義ということもあり、カール・ウィルソン、リンゴ・スターら面白い顔ぶれもゲスト参加しているものの、基本的にはハートブレイカーズがバックアップ。さすがリック・ルービンだけあって、オーヴァーダビングを許さず、メンバー全員揃っての一発録りにこだわったバンドっぽいロック・サウンドを見事構築してみせた。
なので、前ソロ作でもめたスタン・リンチにとってもけっして居心地の悪いセッションではなかったはずなのだけれど、自分はあくまでバンドの一員であってペティのバック・ミュージシャンではない、と主張してついにバンドを離脱。代わってここからスティーヴ・フェローニがハートブレイカーズの後任ドラマーに。そういう意味ではハートブレイカーズにとっても大きな分岐点となったアルバムだった。
ルービンらしい生々しく骨太なサウンドのもと、トム・ペティの深い歌心が輝きまくる。「ユー・レック・ミー」と「ドント・フェイド・オン・ミー」のみペティ&キャンベル作。残りはすべてペティの単独作品。ルーツ・ロッカーとしての新たな一歩をペティが明解に踏み出した傑作だった。
というわけで、この『ワイルドフラワーズ』はトム・ペティのソロ名義でのリリースながら、実質的にはハートブレイカーズによる1枚でもあり。生前ペティは、もともと2枚組を想定したうえで1992年から94年にかけて制作されながら、しかしレコード会社からの強い要請で1枚ものへと収録曲数を絞らざるを得なかったこのアルバムのセッションで録音された多数のお蔵入り音源を掘り起こして拡張デラックス・エディションを編纂し、その後、ハートブレイカーズとともにアルバム全曲の再現ライヴ・ツアーをやりたいと話していたらしい。
それらの夢のうちのひとつ、全曲再現ライヴのほうは、2017年、ペティさん突然の他界によって永遠に実現不可能になってしまったけれど。もうひとつ、拡張版を出したいという夢は、残された家族たちの手によって、とんでもなく豪華な仕様で実現することとなった。それが今日紹介する『ワイルドフラワーズ&オール・ザ・レスト』。タイトル通り、ペティが語っていた多くの未発表音源を含む超デラックス・エディションだ。
問題のお蔵入り音源のうち、いくつかは『シーズ・ザ・ワン』のサウンドトラック・アルバムに収録されたり、シングルB面曲として世に出たりしたけれど。その辺も含め、さらにデモ、ホーム・レコーディング、ライヴ音源、別ヴァージョンなど、あれやこれやをすべて詰め込んだ夢の箱の登場だ。2年前に出たレア音源集『アメリカン・トレジャー』同様、娘のエイドリアとアナキム、妻のダナ、バンド・メイトのマイク・キャンベル、ベンモント・テンチ、ライアン・ユリエイトらが制作に関わっている。
いくつかのフォーマットが用意されていて。いちばんライトなやつが、2CD(あるいは3LP)のスタンダード・エディション。最新リマスタリングがほどこされたオリジナル・アルバムと、10曲のアウトテイク集『オール・ザ・レスト』を抱き合わせにした、もともとの2枚組構想に近いパターンだ。
いちばんの狙い目は4CD(あるいは7LP)のデラックス・エディションか。スタンダード・エディションに加えて、トム・ペティが自宅で録音したデモ音源集『ホーム・レコーディングズ』と、『ワイルドフラワーズ』前後のレパートリーのライヴ演奏14曲を集めた『ワイルドフラワーズ・ライヴ』が加わる。
そこにさらに、既発曲の別ヴァージョンなど16曲収録の『オルタネイト・テイクス(ファインディング・ワイルドフラワーズ)』って盤を加えた5CD(あるいは9LP)のスーパー・デラックス・エディションがあって。これにはリック・ルービンやデヴィッド・フリックによる文章やレアな写真を満載した80ページのハードカヴァー・ブックレット、リトグラフ、ツアー・プログラムのレプリカ、手書きの歌詞、ロゴ入り布ステッカーなどがオマケで付いてくる。スーパー・デラックス・エディションだと全70曲。うち9曲が未発表曲。未発表ヴァージョンは34トラック!
で、さらにさらに。9LPによるウルトラ・デラックス・エディションってやつもあって。これにはスーパー・デラックスのオマケに、トート・バッグや、7インチ・シングル、ビーズ・ネックレス、イラスト付きの歌詞ブックなどが追加されている。でも、これは世界限定475セット。さすがにソールドアウトしちゃったみたい。500ドルくらいするので、一瞬ひるんだのが失敗だったか。あ、いや、でも俺、別にトート・バックとかネックレスとかいらないか。冷静に冷静に…(笑)。
今回、本エントリーをアップするにあたって、とりあえずデラックス・エディションをタイトルにしてはいるけれど。実はまだブツを買っていなくて。今のところ、昨深夜というか、今日の0時に公開されたデラックス・エディション54曲のストリーミングを聞きながら、どれ買おうか、うだうだ思案中。
まあ、この54曲でも十分。まずCD版ディスク2にあたるお蔵入り曲集がむちゃくちゃ興味深くて。ボツになったものの、ロッド・スチュワートが1995年のアルバム『ユア・ザ・スター(A Spanner in the Works)』でカヴァーしてヒットした「さよならヴァージニア(Leave Virginia Alone)」の作者本人ヴァージョンとか、もう最高。メロウでおセンチな「サムシング・クッド・ハプン」とか、ちょっとザ・フーみたいな「サムホエア・アンダー・ヘヴン」とか、その辺の未発表曲もいい。『シーズ・ザ・ワン』のサントラで既出の「ハング・アップ・アンド・オーヴァーデュー」もブライアン・ウィルソンっぽいニュアンスが聞き取れて改めて感動。
さらにディスク3にあたるホーム・デモ音源もごきげん。きわめてパーソナルなシンガー・ソングライターとしてのトム・ペティの魅力がじっくり味わえて、心にしみる。これだけ楽しめるのだから4CDデラックス・エディションで十分かなとも思うのだけれど。でも、スーパー・デラックスの別ヴァージョン群にもものすごく興味があるしなぁ。「ユー・ソー・ミー・カミン」って曲は未発表ものみたいだし。これから仕事で横浜に向かうから、その移動中、ストリーミング聞きながら悩み抜こう。まだ見ぬ別ヴァージョンを求めてスーパーにするかどうするか。
心が揺れます。乱れます(笑)。